94 あなざーさいど17
数日後です。
ようやく、上辺だけ以前の様に振舞えるようになりました。
やはり近い内に学院に行かなければいけない、と思ったのです。
職務を放棄したままでしたから。
そんな時のことです。
「姉様、珍しい奴を連れてきましたよ。居間に来ませんか?」
とアンリが私の部屋へ来ました。
「いいわよ。けど、アンリ、誰かしら?」
「会えばわかりますよ、さぁ」
アンリに誘われるままに居間を覗くと、そこにいたのは、アンリの幼い頃からの友人のカルロス君でした。
「サーシャさん、お久し振りです」
「あら、カルロス君じゃない?何年振りかしら?すっかり大人になったわね」
好青年になった彼は、はにかんだ笑いで答えてくれます。
「そうですね、5年振りになりますか?サーシャさんは相変わらず素敵です」
「まぁ、お世辞が上手」
「いえ、あの時も今も、変わりません」
心が弱っている時に、彼の言葉が沁みました。
少し胸がキュンとしてしまいます。
「ありがとう」
アンリも嬉しそうです。
そして、急に言うんです。
「姉様、姉様なら、カルロスと家族同然に上手くやってくれると思うのですよ?」
私の胸がドキドキしました。
それを悟られないように、答えます。
「あら、どう言う意味かしら?」
まさか、カルロス君と私が?
一瞬、心がときめきました。
彼の誠実そうな笑顔に、勝手に未来を見たんです。
「私がスタッカードを継ぐでしょう?なので、カルロスにハイヒットの婿になってもらうんですよ」
え?じゃ?長女の私が?なんて思ってしまいました。
「あ、そ、うなの?」
「ええ、マリーの奴とカルロスならば、お似合いでしょう?」
「ま、マリー?」
「そうですよ?」
カルロス君の顔が、なんだか赤い。
そうなんだ…。
何、期待したんだろう、馬鹿ですよね、私。
「実は、カルロスは昔から、マリーに惚れてたんですよ」
「アンリ、言わないって約束だろう?」
「いいじゃないか、姉様はこれからおまえの姉になるんだら、知ってもらわないとな」
まったく知らない話です。
私は、何も知りませんでした。
この家の長女なのに、何も知らないし、知らされていませんでした。
「そ、そうよ。教えて、アンリ?」
「いいですよ。初めて家に来たときに、ドアを開けたのがマリーだったんですよ。それからの片想いですからね。長い話です」
「そうなの?カルロス君?」
「はぁ、アンリに言うんじゃなかったなぁ…」
「なに言ってんだよ?私が知らなかったら、ずっと片想いのままだったんだからな?」
「そ、それは、感謝してるよ」
「マリーが他の男に惚れないように、邪魔したりもみ消したり…。誰のためだと思ってるんだ?」
「わかってる、わかってるって」
「フィーが陛下の元に行って、ようやく、マリーもその気になったから、おまえに会わせたんだ」
そんな事があったなんて…。
アンリ、マリーの為に動いたの?
あなたが動くのはフィーのためだけじゃないのね?
そう、私のためには動いてくれないんだ、と思いました。
動いて欲しいとも頼んでないのに、です。
「だけど、言っておくからな、結婚するまで、マリーには手を付けるな。いいな?」
「わかってるよ、そこは、マリーとも話したから」
「私の大切な妹だ。わかってるな?」
「もちろんだ。大切にする」
マリーとカルロス君は、そこまで話し合っていました。
そうです、ハイヒットはマリーが継ぐ事に決まってたんです。
あのマリーが、アンリに大切にされて、カルロスにも大切にされるんです。
魔法が使えないあの子にも、大切にしてくれる人が現れるんです。
私だけが、取り残されていました。
カルロスがレストルームに行った時に、私はアンリに聞いたんです。
「アンリったら、マリーのために、色々としてあげてたのね?」
「まあね。昔からマリーとフィーを早い内に嫁がすのは、父上との約束でしたから」
「え?どうして?」
「そのくらいの事ができないと、スタッカードを継げないでしょ?いわば資格試験ですよ」
「試験?」
「ええ、父上はあの2人がトラブルに巻き込まれるのを心配してたんです。現にフィーは誘拐されている」
「そうね…」
「なので、嫁がせてしまえば、少しは安心できるでしょう?」
「…」
「マリーはカルロス、フィーは陛下。これで、安心できます」
お父様の中の娘はマリーとエリフィーヌだけなんです。
私は、入っていません。
その思いは絶望の崖まで、私を連れて行きました。
心が寒くて、震えてしまいました。
カルロス君が戻ってきたので、話はそこで途切れます。
「カルロス!」
そこにマリーが学園から帰って来ました。
なんだか、マリーの顔も久しぶりに見た気がします。
ハイヒットの美人姉妹は、2人共輝いているんですね。
私には眩し過ぎます。
私に気づいたマリーは心配そうに私を見ました。
「あ、サー姉様、お体は大丈夫なの?」
「ええ大丈夫よ。ところで、今、あなたとカルロスのことをアンリから聞いたの」
「そうなの?ごめんなさい。お姉様はいつも学院ばかりで忙しいから、伝えるのが遅くなってしまって…」
そういって、マリーは夫になる人の手を取りました。
なんの躊躇いもなく、です。
信頼し合っているでしょう、きっと。
「姉様、私の夫になる、カルロスよ」
「聞いたわよ?」
「だって、私の口から言いたかったの」
「マリー、カルロスのことをそう呼びたいだけだろう?」
「アンリ兄様、意地悪ね」
3人が笑っています。
私は、彼等についていっているんでしょうか?
マリーの笑顔が…、見れなかった私なんです。
「今度、ね、カルロスと一緒に陛下にご挨拶に伺うのよ、姉様?」
慌てて、マリーを見ました。
「あ、そうなの?」
「ええ、だって、フィーにもちゃんと伝えないといけないもの。そうだ、お姉様、一緒に行かない?フィーも喜ぶわよ。いいでしょ、カルロス?」
「もちろん。マリーの好きにしたらいいよ」
「ありがとう!」
「あの2人も他人の目も気にならないくらいに、仲が良いからな。少しは周りを見てもらいたいものだ、まったく」
陛下でしょ?そんなに気軽にお会いできる方ではないのに…。
いつの間に、ハイヒットは王家とこんなにも距離が近くなったんでしょうか…。
やはり、私だけが、置いていかれてしまってました。
なんでしょうね、この寂しさは?
私の居場所はハイヒットの家にも無かったんです。
誰も私のことを頼りにしてません。
昔は、子供の頃は、マリーもフィーも、真っ先に私に相談してくれました。
アンリだって、ジャックだって、そうでした。
けど、もう、みんな、自分で自分の道を歩いているですね。
それに気づかない程、私と家族の間には溝が出来ていたんです。
「ごめんなさい、ちょっと気分が悪くなってしまったの。失礼するわ…」
そういって、私は、幸せな空間から逃げました。




