90 あなざーさいど15
アンリとスタッカード公爵の会話。
「お爺様?」
「なんだ?」
「私の結婚も決まったので、そろそろ、教えていただけませんか?」
「なんじゃろう?」
「惚けないでください。公爵の火落としの一件ですよ」
「そうだな…、知りたいか?」
「若旦那なんでね、私は」
「シュウがそう呼んだのか?」
「ええ」
「あいつも、早々と」
「良いじゃないですか。いずれ、スタッカードを継ぐのは私なんですから」
「そうじゃな、…わかったぞ」
「では」
「魔物が現れたのは100年程前だ。知っているな?」
「はい、授業で教わりました。魔物が出現し、人間の中に魔法を使えるものが出て来た、ですね?」
「そうだ、諸説あるが、この地上に今までにはなかった意志を持った微粒子が現れた、そう考えるのが自然だな」
「そうですね、その説だとおそらく隕石がその微粒子を運んだと?」
「そうだ。で、我々人間は2つに別れた。地上と地下に」
「地上に残ったものには魔法を使える者が増え続け、地下に潜ったものには稀にしか生まれなかった」
「地下に潜った者達は、助けられる道を選んだんだ」
「そうですね。あの時に地下に潜った中には元貴族もいたとか?」
「いたな、王からの戦闘命令に背いて、我先に地下に潜った奴等がな」
「彼等は地上には出なかったのですか?」
「色々な人間がいたからな、地上に戻って戦闘に加わった者もいたし、恐れて出てこなかった者もいた。あの頃のこの国は今と違って、魔物が全てを壊していたらしいからな…。たくさんの人間が殺された。ルミナスの人口は1/4にも減ったんだからな」
「それでも、地下の人間は扉を閉じたままで、地上の人間が戦うの待っていたのですね?」
「だから、不公平だと、地上が怒ったのだ」
「それで、征伐税ですか?」
「何事にも、対価は必要じゃ」
「けれどもあの当時、地下になんの産業が?」
「資源だよ。金、銀、銅、その他だ」
「それらを?」
「そうだ、最初は資源の供出だった。が、地下も巨大化しただろ?」
「はい、驚きました。地下にいるという感じではありませんでした。天井も高く、電気も隅々まで通って」
「地熱による発電だ。だから、奴等は地上に戻る気を無くして行った」
「分かります」
「そこで、あの事件だったのだよ」
「公爵の火落としに繋がる、先の王女誘拐ですね?」
「そうだ、馬鹿な人間もいたもんだ。いくら以前は貴族だったと言っても、何もしないで逃げた家に、王家の人間を嫁がせる訳にはいかない、そうであろう?」
「確かに」
「しかも、返して欲しければ、征伐税をやめる事を定めよ、と言いやがって…」
「お爺様…」
「すまない、今でも腸が煮えくり返る」
「まぁ、そうですね」
「だから、ワシは先々王に進言したのだ。地下の部落を焼き尽くせばいい、とな」
「それが、火落としですか?」
「そうだ。実際に地下の入り口から、燃える燃料を山のように注ぎ込み、火を放り込んでやった」
「1週間はその炎が消えなかったと?」
「そうだな、消えなかった。それで、充分だった。地下は王女を返し、先々王は大幅な征伐税の値上げを地下に飲み込ませた」
「そして、地下の勢力は削がれたのですね?」
「そうだ。だがな、住処を燃やされた部族は決行前に全員が地上に上がったんだ」
「それが、シュウ達ですか?」
「あの者達は穏健派でな、勤勉で軽快だった。文句無くいい部下になったよ」
「その時で何人くらいですか?」
「500かな。今は、700程に増えたな」
「そうですね」
「しかし、シュウ達のことは、王家とスタッカードの秘密だ。だから、皆がワシを恐れる」
「嫌ではなかったのですか?」
「別にな。家族もいたからな」
「けど、一人娘の母上を父上が貰っていったではないですか?」
「ダニエルだから、許した。あの男は見所がある」
「確かに…」
「ハイヒットの最初の男の子をスタッカードの跡取りにすることは、ダニエルが言ってきたことだ」
「父上が?」
「ああ、先手必勝だと言ってな、ハハハハ!」
「さすがですね…」
「が、思惑が狂ったな。ジャックが学院の教授になるなんてな」
「ジャックは学者向きですよ、真面目すぎます」
「お前が、不真面目だったのではないか?」
「お爺様の若い時程ではありません」
「これは、ハハハハ!」
「そうやって、笑って誤魔化そうとなさる…」
「ハハ、参ったな。まぁ、マリーがハイヒットを継ぐのも面白い。で、マリーは納得したのか?」
「はい、相手にも会いまして、意気投合したようです」
「そうか…、まさか、マリーが一番先に結婚しようとはな…」
「カルロスはいい男です。あいつの人柄はこの私が保証します」
「一度、ワシにも会わせろ?マリーは可愛い孫娘だからな?」
「ええ、わかっております。すぐにでも」
「後は、サーシャか…」
「姉様は頑固ですから」
「しかし、女が魔法で生計を立てるなど、困ったものだ」
「サー姉様は、眠くなる性質だそうですから、悪所には行きません」
「けども、だ。仲間内にはいろんな性質がいるだろう?」
「そうですね…」
「女の数が少ないから重宝がられているだ。悪い噂が立たないうちに、何とかならんか?」
「何とかなるようであれば、とっくに」
「そうだったな…しかも、家を出たとか?」
「仕事が忙しくて、戻る時間が惜しいそうです」
「アンリ、何かがあってからでは、遅いのだぞ?」
「お爺様、サー姉様だって、考えていますよ。姉様が間違いを犯すはずがありません」
「まぁ、そうだな、わしは、サーシャが可愛い余りに、信じることをしてなかったやもしれんな…」
「そうですよ、何か起これば姉様の相談にのりますから」
「なんだな、お前は、もう、立派な跡取りだな。なにせ、シュウが若旦那と自ら呼んだんだ」
「ありがとうございます。お爺様のようにはなれませんが、私なりにやってみます」
「ワシのような人間はもう、必要ない。アンリにはそれなりの道を用意した」
「ありがとうございます。お爺様のご期待に添えるか、どうか…」
「アンリ、おまえなら大丈夫だ。それよりも、わかってるな?」
「はい、フィーですね?」
「そうだ、王妃になる身だ。まぁ、あの王ならば、大丈夫だとは思うが、頼んだぞ?」
「ええ、ようやく目覚められたみたいですからね」
「ワシの可愛い孫娘を泣かすようなことがあれば、許さんがな」




