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88 あなざーさいど14-2

私は気づいてしまった。

私がグレイスに恋をしてもいい事を。


いや違うぞ。

とっくに好きだったんだ。

それを、誰かに言ってもいいんだ。


いや、そうじゃない。

グレイスに告白しても、いいんだ?

そうなんだ…。


「父上」

「どうした?」

「来年、大学を卒業したら、スタッカードを継ぐ話ですが」

「ああ…」

「私の妻がグレイスさんでも構いませんよね?」


心が決まる前に、私は言葉で言ってしまっていた。


「あ、アンリ?」

「いいですよね?」

「急に、何を言い出すんだ?大体、グレイスはこの事を知っているのか?」

「いいえ、知りません」

「どうしたんだ、急に?」

「そうだ、グレイスさんに聞いてきます!」


立ち上がろうとした私の腕を、父は捕まえた。


「落ち着け!」 

「父上?」


父は笑っていた。


「なんだ?おまえ、グレイスに惚れているのか?」


私は自分の顔が赤くなるのに気づいた。


「え、あの…」

「そうか、だから、あんなに女性を変えていたんだな?」

「ち、父上…その…」


そこに、お爺様が現れる。

この人は、いつも完璧なタイミングで現れるんだ。


「待たせたな?うん?どうした、珍しい。アンリが赤い顔をしておる?」

「公爵」

「なんだ?」

「世にも珍しいものが見れましたよ?」


こんな愉快そうな父上を見たのは初めてだよ、まったく。


「父上!」

「なんだ?なんだ?」

「アンリが恋をしてるんですよ?」

「なに?恋だぁ???」


ああああ、お爺様の目が輝いたではないか!

い、いかん、冷静に。


「おいおい、相手は誰だ?いいや、誰でもいいぞ。このワシが叶えてやる。言え!」

「公爵、ご安心を。公爵もお気に入りの女性です」

「ワシが?誰だ?」

「グレイスですよ」


お爺様の目が、私を見る。


「アンリ、おまえはグレイスが好きだったのか?」


覚悟を決めるしかない。


「そうです、正直にいいます。私はグレイスさんが好きでした。だけど、結婚すると聞いた時に、やっと自分の想いに気づいたんです。どうせ、間抜けた男ですよ。だから、忘れようとしたんです。けれども、どの女性にも彼女を重ねて見てしまいました。だけど、そうです。さっき、彼女の声を聞いた時、はっきりと思いました。やっぱり、私はグレイスさんが好きです。彼女を妻にしたい。彼女以外とは結婚したくないんです」


父と祖父が笑う。

なんだ、その笑みは?


「ダニエル、だから心配はいらんと言ったであろう?」

「ええ、御義父上。アンリが恋してるなど、思いもよりませんでしたよ」

「じゃ、順番はどうなる?マリー、フィー、アンリか?」

「そうですね、フィーは準備に時間が掛かりますから、先にアンリを?」

「そうじゃな。大学を卒業する前でもいいな?」

「そうですね、構わないでしょう」


なんの話をしているんだ?


「ちょっと!お待ち下さい!何の話ですか?」

「おまえとグレイスの結婚の話じゃよ」

「結婚って、そんな、まだ。グレイスさんの気持ちも聞いてないんですよ…」


にやけているお爺様が言う。


「グレイスをこの屋敷に匿った時にな、独り言のように言ったんだよ。もし、アンリと結婚していたら、穏やかな暮らしができたかも、とな。あれは本音だった。けれども、彼女は慌ててこうも言った。夢を見ただけですから、と。あの野蛮な家で、唯一の慰めだったそうだ。おまえと交わした言葉が、あの穏やかな日々がな。けれども、ワシは、おまえがまだ若いから、グレイスのような年上の女性には興味がないんだと思っておったんだ」

「そうだぞ。大体、好きだと気づいたなら奪い取るぐらいの気持ちは、おまえに無かったのか?」

「そうだ、そうだ。ダニエルの息子ともあろうものが、意外に常識に縛られておるな?」

「まったく、情けない息子に育ったものです」


あれ?なんで非難されているんだ?

と言うよりも、父上??


「じゃ父上は奪ったのですか?」

「そうじゃ」

「そうって、?」

「子爵の家に嫁ぐことになっておったヴィクトリアと恋仲になってしまってな。ワシに直談判をしにきおった。おまえも若かったな?」

「若かったですね」

「それに比べて、アンリは、ウダウダと…。マリーやフィーの方がはっきりとしておって気持ちがいい」

「悪かったですね…」


ニヤリとお爺様が笑う。


「アンリ、行け!今すぐ、グレイスにプロポーズして来い!」


参ったな。

けど、行くしかないだろう。

私にだって、火落としの孫というプライドがあるんだ。


「はい。では、失礼します」

「家は知っているのか?」

「父上、当たり前でしょう?」

「そうか、頑張れよ」

「はい」


私は馬を借りて、駆けた。



彼女の家は、お爺様の屋敷から20分ほどにある。

小さいが、いつも花が咲いている美しい家だ。


いつも前までしか来たことがないから、門をくぐるのに勇気がいった。

ドアをノックすると、年老いた侍従が現れた。


「アンリ・ハイヒットといいます。グレイスさんにお目に掛かりたいんですが?」

「しばらくお待ち下さい」


待つ間、美しい庭を眺める。

華やかな花はないが、優しい花が咲いている。

香りも優しい。


ドアが開き、目の前にグレイスが立っている。

綺麗だ。

思わず見とれてしまった。


「アンリ?」

「あの、あのですね、」

「どうしたの?」

「あ、歩いても大丈夫なの?」


グレイスと話すときは、幼い口調になってしまう。

たぶん、それだけ、心を許しているんだ。


「え、まぁね。だいぶ慣れたから」

「あ、うん、そう、あ、庭が綺麗だね?」

「褒めてくれてありがとう。やることが無いから手入れをしてるんだけなのよ。けど、アンリが褒めてくれるなら、やったかいがあったわ」


群青の瞳が美しい。

私は彼女から目を離すことができない。

それに言葉が出ない。

おかしいぞ、私は気障な台詞をいう事に掛けては誰よりも上手だったのに…。


「あの…」

「中に入る?紅茶ぐらいしか出せないけど、こう見えてね、私は紅茶を入れるのは上手なの」

「うん、けど、入る前に、話したいんだ。いいかな?」

「どうかしたの?なんだかアンリらしくないわ?」

「え?そう?」

「そう。私の知ってるアンリはもっと余裕があったわよ?」


余裕?

今の私には、そんなものは、無かった。


「グレイスさん、いや、グレイス、」


呼び捨てにしただけだ。

それなのに、心臓が壊れるかと思うくらいに動いてる。


「どうしたの?」


勢いだ。

一気に言えばいいんだ。


「私と結婚して下さい。お願いだから、結婚して下さい」


直球で言った。


「アンリ?ねぇ冗談は良くないわ?」

「グレイス、本気なんだ。本気なんだよ。昔から、君が好きだったんだ。ずっと、諦められなかった…」

「私、あなたより、3つも年上よ?」

「知ってるよ?」

「男性は初めてじゃないわ」

「私だって、女性は初めてじゃない」

「足が悪いのよ?ダンスも踊れないのよ?」

「私もダンスは苦手だ」

「だけど、」


グレイスは言葉を探している。


「グレイス?」

「なにかしら?」

「私は、君に、素敵ねって言われたいんだ。そんな人生を君と過ごしたいんだ。君じゃなきゃ駄目なんだ」

「アンリ…」

「だから、うん、って言ってくれるまで、帰らない」

「まぁ、アンリはそんなに子供だったの?」

「そう。だから、うん、って言っておくれ?お願いだから」


立っているグレイスから、離れたくなった。

思わず彼女を抱きしめて、耳元で囁いた。


「グレイス、お願いだ」


彼女の声が聞こえる。


「アンリ?」


私は抱きしめた腕を緩めた。

グレイスの両手が私の頬を包み込むんだ。

群青の瞳が揺れている。

綺麗だ、世界中で一番、綺麗だ。


互いの唇が触れる。

そして、大好きなあの声が届く。


「私と結婚なんて、後悔しない?」

「しない、絶対にしない」

「うん、お願いね?」

「約束する。幸せにする」

「ありがとう。こちらこそ、よろしくお願いします」


思わず、グレイスを抱きしめた。

そして、もう一度、唇を重ねた。






その夜はグレイスの家で泊まった。

彼女の家族を説得するのが、大変だったんだ。

けど、認めてもらえた。







よかった。





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