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ザックも用事があるそうで部屋からいなくなった。
だから私は1人。
結構、退屈してませんよ。
私は指先から炎が出るのが楽しくて、蝋燭に火をつけたり消したりして遊んでいますよ。
だって誰も来てくれませんもの。
もう直ぐ晩御飯の時間だというのに。
ところで食事は貰えるのでしょうか?
ちなみに料理された物を無から作り出すのは魔法では無理らしい。
野菜を切ったり茹でたりなんかは魔法が使えるし、運んだり並べたりも出来る。
けどもいきなり完成された料理を出すってのは無理なんだって。
そうすると、魔法って加工を補助するツールってことか。
氷は作れるのかな?空気があるってことは理論上は可能?
やってみよう。
氷、出ろ!
がしゃーーーーん!
出すぎだ。
気のせいか、息が苦しい。氷、空気に戻れ!
…。
なくなった。
良かった、良かった。
安心したら、またまた腹が減った。
で食事は…。
電話?使う?……。
いや、止めておこう。どこに繋がるかわからないしね。
そうだ、後でノートを貰おう。
何が出来て何が出来ないか、書いて残しておかないと。
朝からみたらかなり前向きになれてる。
仕方ないもんね。ここで日本に帰れるまで頑張ろう。
そしたら、帰ってからいいこと起きるかもしれない。
けど知らないことだらけだ。
まあ、1日で全部を理解しろったって無理な話だよ。
ああ眠い。
魔法って使うと眠くなるのか??
目が、閉じていく、よ。
なんだ?
眠っていたらしい。
確か、椅子に座って、テーブルに頭つけて寝てたと思うのに…。
なんだか苦しいぞ?
目を開けた。
私、ベットで寝ているじゃん…。
「リリか?」
緑の人がいる。
仰向けで寝ている私の真上に彼の顔がある。
そういうことなんだ。
さて、質問にはなんて答えるべきなんだろうか?
答えは決まってるけどね。
「すみません」
「リリは何処だ?」
「わかりません」
「なんで、消えた?」
「…」
緑の人改め、デュークさんは、さっき寝ている私にキスしてた。
悔しいが素敵なキスだったんだ。
「あの、」
「なんだ?」
「何回聞かれてもわからないって答えるしかないんですけど?」
「本当か?」
「本当に、わかりません」
「そんなに自信を持って答えるな」
「あ、すみません」
デュークさんは辛そうに私をみる。
なんか私って謝ってばかりだ。
「リリはどこにいるんだろうな…」
それは独り言なんだと、そう思おう、と。
けどデュークさんは私を見ている。
答えろ、と言うんだな?
「そうですね…、どこにいるんでしょうか…」
無言になる。
人間って1日で慣れるんだろうか?
こんなに顔が近いのに、私、驚いていない。
いや、最初が最初だから麻痺してるんだ、きっと。
あ、ご飯食べ損ねた。
朝ご飯、しっかり食べておいてよかった、けどお腹減った。
あ、…。
グリュウウウ…。
こんなに豪快に鳴らなくても良いんじゃないかい、私のお腹。
「うん?お腹減ってるのか?」
「すみません、朝食しか食べていなかったので…」
「おまえ、馬鹿だな?食べれば良かったじゃないか?」
「はぁ?」
「好きな時に食べればいい。リリだって好きな時に食べたぞ」
呆れたようにイケシャーシャーと言うな!
なんか腹が立つ。猛烈に怒りが増してくるよ!
いいよね、怒っていいよね?
いくら穏健な日本人でもここは怒るところだ、うん、そうだ!
お腹減ってんだ、イライラ度はMAXなんだ!
「はぁぁあ!食べれなかったんですよ!」
私の上に乗っかっていたデュークさんを払いのけて、勢い良く起き上がる。
「私、ここがどこかも、わかってないんですよ?何をどうしていいのか、わからないんです!それが、どんなに不安か、わかってます?なのに、リリさんになれっていわれて、この部屋から出るなっていわれて、ご飯食べればよかった?冗談じゃない!どうしたらいいのか、わからないんです!魔法が使えたって、わからないんです!」
あれ涙が流れてる…。
私、泣いてるんだ。
「それに私がリリさんの体に入ったのなら、もしかしたらリリさんが私の体に入ったかもしれないでしょ?だったら今頃リリさんだって不安な筈です。リリさんだってそうかもしれないって思えば、分からず屋のあなたにだって、少しはわかるんじゃないですか?」
デュークさんは何も言わない。
「どうでもいい私の事なんか、どうでもいいんですよね。悪かったですよ、リリさんじゃなくて!こんな化け物で悪かったですよ!」
頭にデュークさんの手が乗った。
クシュクシュされた。
あれ?
「悪かった」
デュークさんが、謝った?
「何がですか?」
急にハグされた。
「悪かった、カナコ」
「名前、知ってるんですか?」
「ああリックから聞いた」
「そうですか…」
ドキドキ、した。
いいよね、少しぐらい。
いいよね、リリさん。
「知らない世界に取り残されたら、怖いよな」
「まぁ、普通はそうです」
「おまえが余りにも普通に喋るから、勘違いした」
「あの?」
「なんだ?」
「離して下さい、ちょっとヤバイです」
「ヤバイってなんだ?」
あー、めんどくさい。
「ドキドキするから、マズイです」
「どきどきすると、美味しくないのか?」
「あ~~、いいから、離してください」
「嫌だって言ったら?」
耳元で囁くな!
夜なんだぞ、本当にヤバイぜ…。
「困ります」
「困るか…」
デュークさんが離してくれた。
私の顔、赤いでしょ?
絶対、赤いって…見ないでくれよ?
思わず俯いて下を見る。
「おまえの世界にリリがいるのか?」
静かな声だ。
素直にデュークさんを見た。
「わかりませんけど、可能性はあるんじゃないかって思います」
「そうだな、おまえがここにいるのだからな」
「はい」
「リリが辛いなら、お前も辛いな」
「そうですね」
あなたの基準はリリさんだよね、いつもそうだ。
当然なんだけど。
けどさ、私だってここにいるよ。
え…、なんで、こんなこと思うんだろう。
「カナコ」
「はい?」
「おまえは、可愛くないな」
なんだって????
ふざけんな!そりゃ、無愛想でモテなかったわよ!
「悪かったですね!どうせ、いき遅れで彼氏もいませんよ。健全過ぎて悲しくなる人生でしたよ。それでも毎日頑張って生きてたんです。あなたみたいに毎日が充実している人間じゃありませんよ!」
デュークさんは苦笑いした。
「わかった、わかったから、落ち着け」
「落ち着けますか!馬鹿にされて、お腹も減っているのに、夜中なのに、なんで、こんな目に合わなきゃいけないですか?私、何か悪いことしました?真面目に生きてきたのに、なんで?なんでですか!!」
「カナコ…」
「帰してください!私を前の世界に帰してください!日本に帰りたいんです。帰って、漫画の続き読みたいんですよ、いけませんか?」
「わかったから」
「わかってない、です…。帰して下さい、お願いします…!」
自分としては思いっきりデュークさんを突き飛ばした筈だった。
筈だったのですよ。
なんで?
デュークさんが私の腕を掴んで、抱き寄せられて、顎を掴まれてます。
「何するんですか?」
「言わせるな」
「だって…」
問答無用でした。
デュークさんの唇が触れました、私の唇に…です。
それ以上のことに、駄目でしょ?駄目だよね?
「や、」
思いっきり引きました。
「止めて下さい。私はリリさんじゃないんですよ?」
「そうだったな。すまない」
デュークさんは私から離れましたよ。
「寝ろ」
寝ますよ、寝たいんですよ。
けど、寝れないんです、そうじゃないですか?
「はい、おやすみなさい」
もう、無視です。
目を閉じます。
けど、涙が止まりません。
なんでだろう、悔しいんです。
帰りたい、平和ボケしたい。
漫画読んで笑ってたい。仕事に行って愚痴を言いたい。
魔法が使えるようなおかしな世界から逃げたいんだ。
声を出しちゃいけない。
けど涙が止まらない。
え?
私に背を向けて寝ていた筈のデュークさんが、私の背中から抱きしめてくれた。
「寝ろ、と言った」
「勘違い、するんで、止めて下さい」
けど、デュークさんは止めなかった。
「この体はリリだ。抱いていたい」
そう来ましたか。
そうですか、私は無視ですか…。
けど、なんだろう。
落ち着くんだ。
安心するんだ。
リリさんじゃないって言いたかったのに、眠ってしまいました。
安心できた、のかな。
そうか、人の肌って暖かいんだ…。