74 あなざーさいど 10
アンリの思い。
妹が帰ってきた。
いや、正確には一旦戻ってきたのだ。
陛下と共に、だ。
やはり、妹は陛下の思い人であった。
あんなに、愛おしそうに妹を見る陛下など、想像も出来なった。
愛って、あるんだなぁ…。
ただ、母は激怒してる。
陛下が帰られた後も、だ。
私達しかいない居間で、母は言葉を続ける。
「フィーはまだ、14歳よ?14なのに、もう、陛下の元に…」
「母上、仕方ないじゃないですか?嫁に行かないと言っていたフィーが嫁ぐのですから。しかも、陛下の元となれば、フィーは妃殿下になるんです。喜ばしいことではないですか?」
「アンリ…」
「なんでしょうか?」
母はため息をつく。
「子を持てば、分かるわ。親ってね、そういうものなの」
「そうですか…」
だが、そう言った後の母は吹っ切れたように、明るい顔になった。
「一番下が嫁ぐのよ、貴方はどうするつもり?」
こちらに火の粉が飛んできた。
「母上、色々と準備がありますので、私はまだまだ…」
「そうですけど、けれども、決まったら早々に…」
「私の心配の前に、サー姉様の心配を」
また、ため息だ。
「サーシャは嫁ぐ気があるのかしら?」
「男には女心など分かりませんよ」
「サーシャはまるで、男だわ」
まったくだ。
魔法学院でのチームが忙しいらしく、化粧もせずに出かけていく。
最近はドレスはもちろん、スカートさえ着ていない。
男と同じ身なりで学院に向うのだ。
まぁ、5人も兄弟がいれば変わった人間は出てくるが、家は…。
まともなのは、マリーだけだな。
サー姉様の話を振ったのは拙かったな。
「まぁ、母上、その内に…」
「そうね」
「それよりも、フィーの輿入れの準備をしないといけませんよ?」
「それは、一体何時になるかしら?」
「近いうちに」
「大丈夫?」
「ええ、その為に、動くのですから」
「わかったわ、アンリ。貴方を頼りにします、いいわね?」
「はい」
「じゃ、忙しくなるわ。ハイヒットとスタッカードの名に掛けて、素晴らしいものを準備しないと」
「お願い致します」
生き生きとした表情の母。
良かったと思う。
「で、マリーの方は、どうなっているの?」
「そろそろですね」
「あの方?」
「ええ、奴以外いません」
私は妹達の結婚相手を探すという試験を何年も前から受けている。
こんなのが、試験って、おかしいと思った時期もあった。
けどね、これがなかなか骨の折れる仕事だ。
フィーは勝手に纏まったが、それなりのサポートはしたし、そうでない場合の人選も密かに行ってはいたんだ。
これが、ね。
下手に動いているのがバレた日には、向こうからのアピールや、勘違いした言動やらで、振り回されて大変だったんだ。
お陰で、念入りに調査して、確認して、といったことの重要性に気づいた。
一体誰が考え出したんだろうか?
お爺様か、父上か。
誰はわからないが、試験としては最適だ。
私も息子が生まれたら、是非にこの試験を行わせたいな。
マリーの相手は私の友だ。
結婚してハイヒットの家を継いでもらう。
まぁ、そうなる前に奴には簡単な試験が待っているけどね。
内容は、マリーを振り向かせる、ことだよ。
どんな手段を採ってくるのか。
楽しみだ。
「来週にも、2人を合わせますよ、母上」
「そう、上手く行くといいわね?」
「母上は私を信用してくれるのですか?」
「もちろんよ、貴方が可愛い妹を不幸にするはずないもの。そうでしょ?」
「もちろんです」
母上は、穏やかな目で私を励ましてくれる。
「アンリ。貴方にはスタッカードを継ぐという重荷を背負わせてしまったわ。けれどもね、貴方ならば、それを重荷とも思わずに軽がると背負ってくれると思うの。父も貴方のために出来るだけのことをしてくれている。だから、貴方の人生を楽しんで過ごして欲しいの。任せた以上は貴方の思った通りにすればいいからね?」
「はい、母上。心配はいりません。お爺様のような生き方は出来ませんが、私なりにやってみます」
「それで、いいわ。マリーのことは、心配しないで。ハイヒットを継ぐとなれば、お父様と私がサポートしますからね。それよりも、エリフィーヌのこと、よろしくね」
「もちろんです。城で働く以上は妃殿下としてお守りするつもりですから」
「ええ、任せたわ」
母は安堵した表情で戻っていった。
これから、この家も変わっていくんだな。
私達5人兄弟がそれぞれの道を進んでいく。
フィーが一番先に家を出た。
マリーはここに残るだろうが、その他の兄弟は私も含めて、ここを去るんだ。
この居間で家族全員が揃うのが、もしかしたら、今日で最後だったのかもしれない。
私も、そろそろ、ここを去って、スタッカードの家に入る。
そうなれば、直ぐに婚礼だな。
来年の話だ。
なのに、まだ相手が決まっていない。
決められないんだ。
フィーが心配している通りになるかもな…。
忘れられないんだ。
どの女性と話していても、重ねて見てしまうんだ。
そして、違うと思ってしまって、別れてしまう。
わかっているよ。
この気持ちは忘れてしまわなければいけない気持ちだってね。
けど、弱っているんだ。
時が経てば忘れられると思っていたのに、強くなっていくなんて。
叶わないのに、どうしたらいいんだろうか…。




