72 あなざーさいど 9
リックのいいわけ
結局、こうなるのか。
結局、あいつに攫われてしまう。
私は、先王に仕えていた。
そして、急な先王の死去により王になった陛下に仕えた。
私は、陛下よりも10歳上で、陛下のことをまるで弟のように思えていたものだ。
今となっては懐かしいが。
その陛下が、リリフィーヌ様と結婚したい、と聞いたとき、この王ではルミナスは駄目になると、正直思った。
その思いが心の中で燻ぶり続けた。
アルホート国の王女リリフィーヌの噂はルミナスにも届いてはいた。
陛下の依頼により、アルホートの国王に打診したところ、直ぐに承諾の返事が来た。
そして、短い間に、本人が輿入れしてきたのだ。
噂に違わず、美しい人だ。
だが、その美しさ故に、間違ってしまっている人だった。
彼女には、良く呼び出されたものだ。
「リック!どういうこと?」
「リリフィーヌ様?どうなされました?」
「外出するなって、ことよ!息が詰まるわ。私は何処に出かけてもいいって、そういう約束で、ルミナスに来たのよ?」
「が、陛下が魔物征伐から、お戻りになられるまでは、何卒、…」
「魔物征伐?そんなこと、私、お願いしてないから、知らない」
こんな時のリリフィーヌ様の顔は、美しい筈なのに、苦しみに溢れていた。
「出かけるわ!」
「リリフィーヌ様!」
「放っといて!」
そう言って、派手なドレスに身を包み、毎日の様に夜会に繰り出したのだ。
必ず、朝帰りをして。
戻ってきた陛下は、濃銀の瞳を悲しそうに曇らせて、私の報告に頷く。
「わかった。今すぐ、ここへリリを連れて来てくれ」
「畏まりした」
連れ戻されたリリフィーヌ様は、少しも反省しない様子で、疲れ果てている陛下をただ見ている。
「リック、今日はもういい」
「はい、それでは」
その後、どの様な会話がなされたのかはわからないが、おそらく、陛下が折れたのであろうと思った。
翌日のお2人を見ていると、少しは距離が縮まったのかと思えるのだが、リリフィーヌ様の行動は変わらなかった。
そんな日々が繰り返されていった。
ところがだ。
ある日、陛下に呼び出されて、部屋に向うと、リリフィーヌ様がいなくなり、カナコ様が現れていた。
戸惑う陛下はカナコ様の出現に感情を剥き出しにしてお怒りになる。
カナコ様はいきなり知らない世界に放り込まれて不安だというのに。
その日の内に、私は、カナコ様に魅了されていた。
いくらでも話せる相手など、なかなかいない。
ましてや女性であれば、尚だ。
陛下が要らないというのであれば、私がカナコ様を貰い受けよう。
彼女とならば、毎日が楽しいだろう。
そう思ったのも、当然だ。
だから、魔物征伐で陛下がお出かけになった時にはカナコ様の元に通い、少しでも気を引こうとしたのだ。
無駄だったが、ね。
魔物征伐から帰られた次の日から、お2人の関係が変わってしまっていた。
明らかに、陛下はカナコ様に興味を持たれてしまった。
それが悔しかったが、彼の方が先に出会ったのだ。
仕方がないと諦めた。
そして、だ。
ザックの馬鹿が、無理をさせてカナコ様が昏睡状態に陥ったとき。
ずっと側にいたかったが、出来なかった。
仕方がないと諦めた。
あの、最期の日。
陛下が2人きりにして欲しいと言った時、私は思わず声を上げた。
『皆、出て行ってくれ』
『陛下、しかし!』
『いいんだ』
『あなたは、それで、平気なのですか?』
『リック、私達には、もうこれ以上は…』
『しかし、ジョゼ。それではカナコ様が…』
『リック、俺達だけにしてくれ』
俺達だけに?冗談じゃない、本気でそう思った。
私だって愛してるんだ、私だって失いたくないんだ。
それに、私なら、死なせはしない…。
諦めなければならない、我が身を呪った。
自分の執務室で、止まらない涙を拭うこともしなかった。
憎かった。
カナコ様を殺した陛下も、ザックも。
私と同じ顔をした、あいつが手を貸したのかと思うと、カナコに申し訳が立たなかった。
陛下が不幸になるために、なんでもした。
ガナッシュのドリエール様から接触してきた時、これは使えるとすぐさま動いた。
「悦楽の館?なぜ、私がその様な下世話な場所へ?」
「今の陛下は城では女を抱きません。濃銀になられてもこの館で女を抱きます。とりあえずは既成事実を作ってしまうのです。そうして、あとは子供が出来たとでも言えば、間違いなく責任をお取りになります」
「そうすれば、デュークと結婚できるのね?」
「必ず。このリックがお2人を結婚させてみせます」
簡単だった。
陛下は私の言葉を鵜呑みにして、ドリエール様と結婚した。
が、子供の話が嘘であったことを知ると、激怒した。
当然である。激怒してもらわなくては困る。
不幸になって頂きたいのだ。
陛下がドリエール様に手を付けたのは快楽の館での一夜だけだった。
大人の女性だ。
当然、寂しくない筈がない。
私が接触することもなく、リチャード様と深い仲になれて子までなされた。
なんて馬鹿な女だろう、どうせ子を作るなら、わからないように作れないものか?
こんにも分かりやすく、陛下の子でないと発覚してしまうなど…。
しかし、私の心配も余所に、陛下は自分の子供と認めてしまった。
面白くなかった。
まったく不幸ではない。
その内に、誘われるままにドリエール様と関係を持つまでになった。
お互い、好きでもなんでもないが、割り切ってしまえば、いい関係だと思う。
生まれた姫は誰にも振り向いて貰えずに育っていった。
父とされている陛下には抱いてもらって事もなく。
実の父にも遠ざけられている。
母といえば、私とリチャード様の間を忙しく抱かれに行く日々だ。
自分たちのことで忙しい。
そんな日々の最中、私は、ふと、ある光景を目撃した。
ザックの妻であるジョゼが、学園に入っていく姿をだ。
なんの用事があるのだろうか?
学院ならば、分かる。
が、学園だ。
なんの係わりもない筈だ。
そう、そうなのか?
カナコ様は入れ替わってきた。
ならば、生まれ変わることも、あるのか?
その日から、私は調べさせた。
ジョゼが接触している子供のことを。
エリフィーヌ・ハイヒット、13歳。
ハイヒット家の3女。上3人の兄弟はいずれも学院の特選クラス。
私は遠くから、ジョゼと彼女の様子を伺った。
あんなに嬉しそうに、ジョゼに魔法を掛けてもらう人間は、カナコ様以外にはいない。
私の網はザックにも伸びた。
エリフィーヌは一度1人でザックの元を訪ねている。
少女には関係ない、そんなところへ。
間違いないと、思う。
そして、私は、ドリエールに頼みごとをする。
こんな状況にあっても、彼女はまだ、陛下の事を慕っている。
「どうかしたの?」
「君に願い事があるんだ」
「なに?」
「君はまだ陛下の事を想っているのは知っている。だから」
「だからって、貴方まで私を笑うの?」
「違う、見つけたんだ」
「見つけた?
「陛下がこの世の中で一番深く愛した女性を。だから、私が連れて逃げる代わりに、私を守ってくれないか?」
「誰よ、誰なの?」
「知らなくてもいい、まだ陛下も気づいてないんだ。今しかない。私が連れ出すから、だから」
「だから、なに?」
「ガナッシュの山奥に、広大な土地と屋敷が欲しい」
茶色の髪をして、茶色の目をした彼女は、しばらく考える。
「わかったわ。お父様にお願いする。けど、貴方が連れ出したと知ったら、彼は悲しむのね?」
「間違いなく、苦しむ」
「それでいいわ、私に心がないなら、不幸になればいいのよ」
そして、作戦は決行された。
上手くいくはずだった。
いや、上手く行ってたじゃないか。
しかし、結局は、あいつに奪われてしまった。




