71
気づいたら、涙が零れてた。
その涙を、デュークさんが指で拭ってくれる。
「どうした?」
「会いたくなったの…」
デュークさんは私の手を握った。
「会わせてやるよ」
「ほんと?」
「もちろんだとも」
「ありがとう!」
少し、心が落ち着く。
「けど、マリ姉ちゃんって、城に来たんだ?」
「そうだ、なぜ、おまえを助けないんだと、いってな」
そりゃそうだ。
いくらなんでも、ガナッシュに、ルミナスの王が潜入するなんて、ありえない。
見つかって、捕らえられても、言い逃れは出来ない。
「大粒の涙を零されて、陛下に懇願なさってました」
「いろんな使者を見てきたが、マリーが一番立派だったぞ?」
「だって、私の自慢のお姉様だもん!」
やっぱり、ハイヒット兄弟は最強だ。
「カナコ」
「なに?」
「エリフィーヌに生まれて、良かったか?」
「もちろん!家の家族は最高に素敵なんだ」
「そうか、良かったな?」
「うん!」
デュークさんの目は申し訳なさそうだ。
どうして?
「どうしたの?」
「俺は、その最高の家族から、おまえを引き離す…」
「デュークさん、私、離れたくないよ?側にいることを望んだのは私だよ?」
「俺も望んだ。後悔はさせない」
「それで、いいから」
「わかった、もう、言わないでおく」
ジョゼが微笑んでいる。
「カナコ様は、エリフィーヌ様になられて、お強くなりましたね?そう思われませんか、陛下?」
「そうだな。ずる賢くなった」
笑うな、そこは笑うところではない!
「だって、いっぱい、我慢してきたんだから!」
デュークさんの手は大きい。
大きくて暖かくて、安心する。
その手が私の頭を撫でた。
「そういえば、昔、誰かの結婚式で、カナコに会ったよな?」
「え?気づいてたの?」
「今になってみたら、そうだったのか、と思い出した」
「そっか…」
「俺にしがみ付いて泣いた、そうだろ?」
「うん、泣いた。なんで子供なんだろうって、腹が立ったから」
「けど、その時に、俺は気づけなかった。まさか、おまえが生まれ変わって小さい子供でいたなんて、考えもしなかったんだ。カナコは大人のままで俺に会いに来ると、そう勝手に思い込んでいた。せっかく会えたのに、気づいてもやれなかった。俺は、馬鹿だな…」
馬鹿なんかじゃないよ?
ゆっくりと、振り返るように、ジョゼが話し出した。
「あの頃の陛下は、荒れておいででしたから」
「え?」
「意に染まぬ御結婚と姫様の誕生で、城を顧みることなく、ひたすらに魔物征伐ばかりを繰り返しておられました。そうしないと、生きていけないような、そんな刹那的な日々でした」
「そうだったな…。あの程度の事で荒れるなど、俺も、まだまだだった」
「しかしながら、陛下、あのような騙まし討ちで、御結婚を迫るなど…」
「それが、リックの策だったのだから、仕方あるまい」
話が見えない。
「何があったの?」
「話してやれ」
「畏まりました」
また、ジョゼが語りだす。
デュークさんとドリエールさんの結婚は、以前から何度も申し入れがあったが、断られていたらしい。
私との約束を信じてくれていたんだ。
ところがだ。
デュークさんが濃銀になった時に寄った悦楽の館に、ドリエールさんがいた。
いいのか?ドリエールさん?仮にも王女だろ?
娼婦の真似、いや、娼婦としてデュークさんに抱かれるなんて???
デュークさんは彼女とは知らずに、抱いた。
濃銀の辛さは見てたから、知ってる。
そんな時を狙うなんて、リックはえげつない。
子供が出来たと、全てのカラクリを明かして、結婚を迫ったそうだ。
デュークさんは、ドリエールさんが哀れに思えたらしい。
根負けして、結婚を承諾した。
ところが、子供の話は嘘だった。
当然、デュークさんは怒った。
ドリエールさんを罵倒し、リックを責めた。
けれども、もう遅かった。
全てが終わった後だったからだ。
それ以来、デュークさんはドリエールさんに触れていない。
「え?じゃ、デュークさんの子供って?」
「いない」
「じゃ、あの姫様は?」
「俺の子ではない」
「そんな…」
ジョゼが続ける。
「もうはっきりとさせた方が、いいのでは?」
「いや、いい」
「どうして?」
「アレに関わることすら、嫌なのだ」
けどさ、放置するのは、重大過ぎる話でしょう?
「いいの?それで?」
「いい。カナコが子を産めばいいだけだ」
「へ?」
「間抜けた顔をするな?…、あ、おまえのその顔、久々に見た。懐かしいな…」
へんな郷愁に浸るなよ…、少し凹むんだから…。
「可愛いな」
照れるだろう…。
「馬鹿…」
やっぱり、デュークさんは馬鹿だ。
でも、私も同じ、馬鹿だよ?
そして、この惚気に顔色一つ変えない、ジョゼ。
あんたはプロだ。
「おまえは、本当に生まれ変わってきたんだな?」
「うん、」
「どうやったら、生まれ変われるんだ?」
「えーと」
私は、あの神もどきの話をした。
リリさんはあの時が寿命だったこと。
私の上条加奈子の人生はまだ、30年あったので日本に生まれ変わるところを、無理やりにルミナスで生まれ変わらせてもらったこと。
生まれたときから、カナコの記憶を持っていたこと。
魔法は相変わらずな事。
「そうか、リリは死んだんだな…」
「だから体が持たなかったの」
「そうか…」
「今は、魔法を使っても大丈夫」
「わかった」
デュークさん、そんな目で見つめないで。
惚れ直すよ?
「カナコとこうしていられる奇跡に、感謝する」
「私も」
ジョゼが本日の予定を告げる。
「さて、陛下。今日は、何があってもハイヒット様のお屋敷に伺いませんと?」
「そうだな、カナコ。いいな?」
「いいの?」
「ああ、ちゃんと許しを貰わないといけないだろう?」
「そうだね、怒られるかな?」
苦笑いのデュークさん。
「俺が代わりに怒られてやる」
「けど…」
ジョゼは澄ましていう。
「お叱りを受けるのは、陛下の方ではないですか?」
「そうだな、もし、俺がハイヒットの当主ならば、立てなくなるほどに殴り倒すな」
そうだよな、ハハハ。
「さようです、お覚悟下さい」
「ああ、わかった。連絡を頼む」
「畏まりました」
私達は仕度をして出かけた。
家に帰ることが、出かけることになった。
なんか、感慨深い。




