63 あなざーさいど 6
アンリ・ハイヒットは、かく語りける。
やはり、だ。
私の末の妹は、生まれる前の記憶を持っていた。
それも、王妃であったリリフィーヌ様だったとはね。
いや、正確にはリリフィーヌ様の体の中に入ってしまった、カナコ様なんだそうだ。
そもそも、幼い頃から、行動が変だった。
友達もあまり作らず、独りでいることを好んだ。
家族がいない時も、家で大人しく留守番をする。
時々、陛下の肖像画の前で、ブツブツ何かを言っている。
そうだろうな、あれだけ愛された妃であれば、他の男など目にも入らないだろう。
あの方は、陛下の最愛の女性と言われた方だった。
もう14年ほど前になる。
カナコ様の葬儀はリリフィーヌ様の葬儀として行われた。
私はまだ、4歳であったが、祖父のお陰で葬儀に参列することを許された。
祭壇に置かれた棺、祭司の声、重い空気。
国王として、威厳を保って、平然と葬儀を執り行っていらしたが、それでも、愛する人を失うという事が辛いことであるのが分かった。
あの時の、陛下の憔悴しきったお姿は、幼い私に刻まれている。
あの陛下のお姿は人々の涙を誘ったもんだ。
その本人が妹だと思うと、不思議だ。
ハイヒットの美人姉妹と呼ばれている、私の妹達は、とても美人だ。
特に、エリフィーヌには男を虜にする何かがあるようだ。
元が王妃であったせいなのか、それとも、ハイヒットの血なのか。
私達の母も若い頃は、色々とモテたらしい。
父との出会いは、とても情熱的だったと聞かされた。
あの父のことだ、あの手この手でモノにしたんだろうな。
私には、どんな出会いが待っているんだろう。
出会いか…。
違う出会いがあるのかなぁ…。
あ、…。
話はフィーに戻る。
あいつの幼い頃から、色々とあったんだ。
あまり外に出かけることが好きじゃなかったから、まだマシだったんだろうけどね。
けれども、だから、だ。
たまに出歩いたりすると、変な奴が引っかかるんだ。
家まで押しかける奴もいたなぁ。
いつの間にか、その処理を私が受け持つ形になっている。
サー姉様は自分のことで精一杯だし、ジャックは向いていないからな。
一番酷かったのは学園に入学した年の出来事だった。
こともあろうか、地下の人間と2人きりで人気のないへ行った、と聞いた時には血の気が引いた。
確かに、この地下の問題は根が深い。
深すぎて、表立って地下の人間のことを問題にできないのは事実だ。
しかし、家でも地下の人間とはあまり仲良くしないこと、と言ってきた。
特にマリーとフィーには、父も母も口を酸っぱくして、言い続けた。
それを、フィーは…。
あいつのことだ、地下の料理がどんな料理なのか、知りたかったんだろう。
あの食いしん坊が。
が、腑に落ちなかったのは、担当教師の言動だ。
差別だから、仲良くしろ?
そうじゃない、最悪は誘拐されて売り飛ばされたかもしれないんだぞ?
犯罪者の思考を持っている人間がいることが問題なのだ。
論点をずらして、フィーを犯罪に巻き込もうとした。
その他にも、不審な点が多すぎて、私は背後を調べた。
孫に甘い祖父の後ろ盾のお陰で、私は何処へでも行けたし、誰とでも会えた。
結果、フィーの虜になった人間達が引き起こした事件だったことが分かった。
フィーの担任教師は、単にフィーが美しいことに僻み、フィーが地下の子供と仲良くしていくのを唆した。
自分が手を下さなくても、地下の人間がフィーを傷つけるだろうと考えてだ。
フィーの同級生は、フィーに嫉妬していた。
フィーの持つ全てのものが欲しかったそうだ。
その兄弟も、何度かフィーを見かけていて、誘拐すれば金になることを知っていた。
まだ13歳くらいだというのにだぞ?
そして、もっとも歪んだ人間は、ある少年だった。
オラクル・ジャヴォット。
彼はフィーが好きだったのかもしれない。
しかし、あの兄弟を唆し、フィーを誘拐させて、自分の家に監禁しようなどと、10歳の子供が考えることじゃない。
私はこの結果を、父と祖父に知らせた。
元々分かっていた事実、私達によって明らかになった事実。
それらを持って、祖父の地位を使って、奴等に制裁を与えた。
担任教師は資格剥奪の上、地下へ強制連行。
同級生とその兄弟は一生地上へ出ることを禁止した。
そして、オラクル・ジャヴォットは、家族の同意の下、牢に終身収監されることになった。
もちろん、私は、その牢に行って確認してきた。
こんな変質者の性根など、変わる筈もないのだ。
奴は暗闇の中で、呆然と地面に座っていた。
一生そこから出てくれるな、と思ったものだ。
その後は、ここまで酷い人間は現れていないが、それでも、年に2、3人には警告を発している。
もちろん、フィーはそんな事があったことを知らない。
知る必要もない。
けれども、フィーがカナコ様であったとなると、これまで以上に警戒が必要になる。
いずれは陛下の下に行くことになるだろう。
それは、本人がどんなに否定しても、だ。
しかし、あの強情さは、祖父譲りなんだろうか?
先々代の王を驚かせたという、あの戦争での逸話は本当なのか、一度祖父に聞いてみたいものだ。
話を戻す。
とにかく、今はカナコ様に関する情報が少なすぎる。
これは情報を集めるしかないな。
でも、大丈夫だ、適任者がいる。
魔法学院長の奥方、ジョゼさんだ。
以前、リリフィーヌ様の侍女をしていて、カナコ様とも面識があった女性。
フィーの為であれば、動いてくれるに違いない。
早速、行動を起こそう。




