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6歳のある日のこと。
お母様が私とマリ姉ちゃんを呼んだ。
「お母様、なに?」
「貴女達に、お願いがあるのよ」
「なに?」
お母様のお爺様はルミナスでは有名な公爵みたいだ。
どの程度有名なのかは、怪しい。
何度あっても、ひょうきんなお爺様なんだ。
で、そのお爺様の遠い親戚の貴族の結婚式があるんだけど、私とマリ姉ちゃんにフラワーガールを、とのお誘いがきた。
「フラワーガールって、なにするの?」
「花嫁のベールを持ったり、お花の籠を持ったりするのよ」
「なんか、楽しそう」
「え?いいの?」
「もちろんよ、先方もね、是非にって仰ってるから」
お爺様の遠い親戚ならば、家とも遠い親戚なんだろう。
この位の年齢の女の子が私とお姉ちゃんしかいないから、声が掛かったんだろうね。
「綺麗なドレスが着れるの?」
「そうよ、マリー」
「美味しい料理がいっぱいある?」
「ええ、あるわよ、フィー」
私達姉妹は飛び跳ねて喜んだ。
喜びどころは全然違ったけどね。
まぁ、いいじゃん。
その日。
良く晴れた日になった。
こんな日に結婚できたら、いいな。
青い空、白い雲。
真っ白なドレスにブーケはピンクがいいな。
そしたら、デュークさんは照れながら言うんだ。
『似合ってる』って。
…。
「フィー!行くよ!」
お姉ちゃんの声がした。
正気に戻る。
冷静になれ、私。
今のデュークさんと、そんなことになったら、不倫だぞ。
もう、無理なんだぞ。
モラルに反することは出来ないんだぞ。
『モラル?』
『倫理感ですかね、人のモノを取っちゃいけないでしょ?』
『潔癖だな?』
『普通ですよ、私のいた世界では貞節を守るのは常識でした。でも、守らない人もいましたけどね』
『ルミナスもそうだ』
『なんだ、同じ。良かった』
『けど、王は何人側室がいても許される』
また、声を思い出した…。
なんでこんな時に、思い出す?
なんだよ、側室なんか1人もいなかったくせに。
忘れろ!
馬鹿な私、忘れるんだよ!
「マリ姉ちゃん、待って!」
「早く!」
「あら、あなた達、走るなんてはしたない!」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
私達はまるで双子に見えるようだ。
同じドレスのせいだよね。
マリ姉ちゃん、綺麗だ。
私も多分綺麗なはず。
だって、皆が褒めてくれるもの。
式は一通り無事に終了。
私達も解放されて、好きにしていいことになった。
マリ姉ちゃんはお友達を見つけて消えてしまう。
1人、つまんない。
けど、仕方ない。
私は、美味しいものを食べよう。
パーティは外だ。
今日の天気は晴れ。だけど、そんなに暑くないから、良かった。
綺麗な庭園の中にテーブルがセットされて、美味しそうな料理がズラリと並んでいる。
メインから、前菜、スープ、パンや、デザート、果物!
全種類制覇は無謀かしら?
どれどれ、何から食べようかな?
あ、チーズ!ルミナスのチーズはワインに合うんだよな。
ジュースじゃ、違うな。
おいおい、枝豆があるじゃん。
サヤはないですよ、もちろん、既に剥いてあります。
そこんとこは、お上品なパーティですね。
飾りに使われているんだもん。
あ、そう言えば、あの時のピクニックはサヤつきだった。
あれ、王様が食べるのにサヤつき?
きっと、その方が美味しいってデュークさんが思ったんだろうな。
じゃ、私に美味しいもの食べさせようとしてくれたんだ。
優しいなぁ…。
…。
ああ、美味しい。
食べることに専念しろ?
その時だ。
大きな声が聞こえる。
「陛下のお出ましだ!」
「なんだって?」
え?嘘?
私は皿を持ったままで、固まった。
陛下って、陛下って?
どうやら私は会場の端っこで食べていたみたいだ。
人ごみで、様子が分からない。
それでいい。
いい、見ないでいい。
見たら、止まらないから。
「どうしたの?」
「あ、お母様」
何しにきたの?
「フィー、陛下に会いたくないの?」
「え?」
「お爺様がね、可愛いフィーのために、お呼び下さったのよ」
無駄な実行力。
どんな顔して、どんな態度で会えばいいんだ…。
てか、あのお爺様、そんな実力者だったんだ。
有名ってのは本当だったんだ。
「私は、いい」
「フィー?」
「いい」
お母様は決して無理に物事を進めない。
けど、お母様が起こした物事は、向こうからぶつかってくるんだ。
お爺様がこちらに来た。
「おお、フィー!」
「お爺様?」
その隣の男性は、ダレデスカ…。
「ほら、陛下だぞ?どうです、陛下、私の孫は美人でしょう?」
「スタッカード公爵。その通りだ。美人だな?」
あ、あの時より、ちょっと年取ったね。
髪伸ばしたんだ。似合ってるよ。
お願い、そんな、よそ行きの顔しないで。
笑って?ねぇ、あの時みたいに笑ってよ?
私だよ、私なんだよ?
きっと、今、私、引きつってる。
慌てて下を向いた。
「どうした?お会いしたかったんだろ?」
お爺様の馬鹿!
「フィーと言うのか?」
デューク、さん、だ。
目の前に、デュークさんが、いる、んだ。
「…、はい」
「可愛い名だな?」
デュークさんは大きな手で私の頭を撫でてくれた。
駄目だ、泣いちゃう。
私は大粒の涙を流した。
「どうした?」
デュークさんは少し慌てた。
「きっと、嬉しくて泣いているんでしょう。そうじゃな、フィー?」
「そうなのか?」
デュークさんはしゃがんで目線を私に合わせてくれた。
『俺を、この赤紅の俺を愛してくれ』
いつも目の前にいた、赤紅がそこにあった。
私を優しく見つめたデュークさんの瞳だ。
「そんなに俺に会いたかったのか?」
うん、会いたかった。
その為に、生まれ変わってきたんだよ?
会いたくて、会いたくて、会いたくて…。
もう駄目だ、我慢できない!
私はデュークさんにしがみついて泣いた。
でも、何も言わない、言えないから。
ただ、子供の力だけど、思いっきりしがみついて、泣いた。
だって、会いたかったんだよ。
それを願っていたんだ。
慌てたようなお爺様の声が届いた。
「陛下、申し訳ありません。こんなに取り乱すなど…」
私のしたいようにさせてくれたデュークさんは、優しい声で言った。
「スタッカード殿、いい。こんなに慕われると、俺も嬉しいからな。気にするな」
「なんと言ったらいいのか…。フィー?もうその位にしなさい。陛下がお困りだ」
そうだよね。ようやく私はデュークさんを離した。
けど、顔を見ることはできなかった。俯いたまま、小さい声で挨拶をする。
「…、はい、お爺様。陛下、申し訳ありませんでした…」
それが、精一杯だった。
それ以上は無理だった。
私は、その場から逃げるように走った。
そして、気づく。
デュークさんの服、私の涙でグチョグチョ…。拙いよね?
一度だけ、一度だけ、サラサラにしよう。
スペシャルバージョン、私の考えたデュークさんの香り付き。
一度だけ、いいよね?
立ち止まって、振り返って、私に背を向けてるデュークさんに魔法をかけた。
それから、慌てて、逃げた。
私は馬車に飛び乗った。
「先に家に帰るって、お母様に伝えて」
お母様の侍女は素直に頷いてくれた。
1人で家に帰る。
その日、家に戻った私は部屋から出なかった。
そして、何も起こらなかった。




