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慌しくなった。
ゾロゾロと人が来る。
「お目覚めになられたとか?」
「ああ、見てくれ。カナコ、医師が来たぞ」
「拝見したします」
レントゲンとか、MRIとかないよね。
この人、魔法って使っちゃうの?
そうみたいだ。
あ、スッとする。
やっぱり医師って魔法使うんだ。
後ろに控えてる人達が一斉に、私に魔法をかけてる。
そりゃ、楽になるわな。
「楽になられましたか?」
「うん」
「それは、良かったです」
そして、デュークさんの方を見た。
「ねぇ、私、どうなっているの?」
誰も、喋らない。
「ねぇ、教えて。私、どうなるの?」
「知らなくていい!」
「いやだ、知りたい。ジョゼ?いる?」
「はい、カナコ様、ジョゼはここにおります」
「教えて?最悪でもいいから、知りたい」
ジョゼの声は掠れていた。
「いいでしょうか?陛下。カナコ様の願いを叶えても?」
「…」
デュークさんは何も言わない。
「では、カナコ様。学院を出た後、あなた様は急に倒れられ、そのまま意識不明に陥りました。丸2日間、眠り続け、一瞬お目覚めになり、また今日まで意識不明でした」
「そう…」
「その原因は、おそらく、リリフィーヌ様の体の許容量以上の魔量をカナコ様が持った状態で入れ替わられた、その歪みなのではないか、と思われております」
「ああ、だから、リリさんの体が拒むんだ」
「体が拒む?」
「うん、意識もシッカリしてるし、全然苦しくもない。だけど、体だけが言うことをきかない」
「そうですか…」
ジョゼが医師に聞く。
「今のカナコ様のお話で何かわかることは?」
「おそらく、体はもう持たないほどにダメージを受けているのだと、思われます。お体を拝見すると、何度も魔法を当てられた形跡がございました。通常の人間ではこれほどまでに魔法を当てられることは考えられません。元々、かなりのダメージをお持ちのお体でしたので、今回のことがなくても、いずれは…」
「リリは時々、自分に魔法を当てた」
「なんで?」
「その方が早く濃銀になれるからだ」
あ、リリさん、あんたって人は…。
「あいつは、自分を嫌っていた。いなくなりたいと、いってた」
メンヘラか?面倒だ。
「それなのに、人の肌が恋しい女だった」
誰でもいいのか?そうなのか?
リリさん、なんで自分を大切にしなかったんだ?
「陛下、このまま治療魔法を掛け続けても、いつかは必ず時が参ります。それは遠いことではありません。どうか、お覚悟を」
え?私の覚悟も、必要?
だよね、必要だよね…。
こんなに意識がシッカリしてるのに、死んだら、幽霊になるのかな?
「そんな覚悟、できるか…」
「けど、デュークさん、いつまでも魔法で引っ張るわけにはいかないよ?」
「カナコ、お前のことなんだぞ?お前はそれでいいのか?」
よくないに決まってるだろう、馬鹿が。
いや、ゴメン、馬鹿なんかじゃないよ。
けどね、私が生きたいっていったら、なんでもするでしょ?
私を生かすために、誰かを犠牲にするかもしれない。
そんなの、嫌なんだ。
「いやだけど、けど、誰でも必ず死ぬんだから…」
「カナコ、俺は嫌だ」
「けど、ね。デュークさんの瞳が濃銀なのに、私は抱いてあげることもできない。そのくらいに、悪いんだよ?」
「俺の魔量など尽きてもいい。それでカナコが救われるならな」
「駄目だよ、いってたでしょ?魔物征伐は王家の勤めだって。ルミナスの民を守るんでしょう?」
「カナコ、」
「ルミナスの王でしょう?」
痛いほどに私の手を握り締めた。
「そうだ」
「じゃ、頑張らないと、ね?」
「…」
「デュークさん?」
「わかった」
痛いよ、…。
でも、言わない。
痛みが繋がっている証だから。
「カナコ、苦しくないか?」
「うん、大丈夫」
「俺は、何をしてやれる?」
「ここにいて…」
「わかった、ここにいてやる」
デュークさんは皆に言う。
「皆、出て行ってくれ」
「陛下、しかし!」
リックが大声を出す。
「いいんだ」
「あなたは、それで、平気なのですか?」
デュークさんは何も言わない。
「リック、私達には、もうこれ以上は…」
「しかし、ジョゼ。それではカナコ様が…」
「リック、俺達だけにしてくれ」
ジョゼに連れられて、私達以外の人間は全員、部屋を出た。
静かになる。
少しの沈黙の後。
「カナコ、俺はおまえの初愛の男だったな?」
「そう、だよ?」
「俺にとっては最後に愛した女だよ、おまえは…」
「うれしい…」
ああ、魔法が止まったんだ。
声が出にくくなる。
「デューク、さん?」
「なんだ?」
「しあわせを、ありがとう」
「俺もだ。笑って過ごしたカナコとの毎日が、一番幸せだった」
「また、あえるかな?」
デュークさんが、笑った。
「生まれ変わるつもりか?」
「へへ、へ…」
「間抜けた顔は、やめろ?」
「うん…」
フッと、デュークさんの唇が、私の唇に触れた。
暖かい…。
「やさしい、ね?」
「俺は惚れた女には弱いって、言っただろう?」
嬉しいこと言うなぁ。
「もっと、いっしょ、に、いたかったなぁ」
「そうだな、なぁ?」
「うん?」
「もし、もう一度会えたら、その時は抱いてもいいか?」
なんて照れること言うんだ?
「いいよ」
「よし、約束だ。離さないからな?覚悟しろ?」
「うん…」
私達の出会いが出会いだったから、こんな約束も、どこか真剣だった。
こんな会話は私達にしか出来ない。
あ、空気が、体に入っていかない。
けれども、苦しくないって事は、体と私の意識は別物なんだ。
離れていく感覚が始まる。
「もう、いく、ね?」
「まだ、だ。まだ、話したりないぞ。行くな!」
「だ、って…」
抜けていくんだもん、どうしようもないよ?
「命令だからな?いいな?」
「ばか、」
「どうしたらいいんだ?どうしたら、ここにいてくれる?」
「ごめ、ん、、」
「いくな?独りにしないてくれ。これからの日々をどうやって過ごせばいいんだ?夜はどうやって寝たらいいんだ?」
空へ吸い上げられていく。
「あい、して、、る、、」
上半身が体から抜けた。
私は思わずデュークさんを抱きしめた。
こんなことをしても、伝わらないとわかっているのに。
「カナコ?」
それなのに、私はデュークさんと目が合っている。
「お前は、今、ここにいるのか?」
そうだよ、目の前にいるよ?
「そうか、俺を抱いてくれているんだな?」
わかるの?凄いよ?
「優しいな、お前は…」
うん、でも、もう全部抜けちゃった。
吸い上げられる力にも、負けそうだ。
行くね。
さよなら、デュークさん。
「カナコ?カナコ!」
デュークさんの声が遠くになっていった。
ごめんね。




