30 あなざーさいど 1
私はジョゼ。
カナコ様の侍女だ。
今日は大変だった。
アルホートの皇太子を迎えての舞踏会。
カナコ様は無事にダンスを終えられて、陛下とニコヤカに談笑していた。
その姿に私も、ヨッシーも、安堵したのだ。
なんとか、様になっていた。
肩の荷が下りた。
その時だ、急にグラスの割れる音がした。
慌てて、その方向を見ると、何者かが、何かを抱えて会場を去っていく。
「カナコ!」
陛下の声が響く。
まさか?
慌てて、陛下達が後を追う。
ところが、行く手を塞ぐように障害物が転がっている。
仕組まれたのは間違いない。
「リック、どうなっているの?」
「カナコ様が連れ去られた」
「誰に?」
「アルホートの皇太子だ」
まさか…。
が、しばらくして、陛下から連絡が入る。
カナコ様は無事だと。
私たちは安堵して、その場所へ向った。
ところが、そこには取り乱されたカナコ様と陛下がいたのだ。
どうして、そうなったのか。
その辺りの経緯を陛下は余り語らない。
まぁ、想像はつくのだが。
部屋を飛び出したカナコ様を追いかけ、ようやく捕まえた。
泣きながら、想いを語られる。
苦しいと。
カナコ様は、私のスリープで眠られた。
世話が焼ける。
それでも、カナコ様を可愛いと思ってしまう。
こうしてみると私はカナコ様に妹に近い感情を抱いているのかもしれない。
私は眠られたカナコ様を担いで、自分の家に戻る。
「あれ、ジョゼ?どうして、カナコが?」
ザックが驚いて聞いた。
「ええ、ちょっと、取り乱されて、ね。」
「あの2人、まだ、行き違ってるの?」
「そうなの、今日はこちらでお休みいただくわ」
「そう?」
「悪いんだけど、しばらく家に、いてくれる?」
「何処へ行くの?」
「決まってるわ、陛下のところよ」
「わかった、行っておいで」
ザックのキスはいつも優しい。
「ありがとう」
私は、偏屈者の元へ向かう。
大体、リリフィーヌ様に一目惚れした時点から、大変だった。
あんな誰にでも愛を振りまく女性なんて…。
いや、言葉が過ぎた。
それでも、愛って恐ろしいものだ。
あの陛下がリリフィーヌ様の我が侭にだけは、怒らなかった。
それなりに愛しておられた。
どんなに、相応しくない女性でもだ。
いや、事実だから仕方がない。
ところが、だ。
いきなり、リリフィーヌ様が去られてカナコ様になった。
カナコ様は、不思議な方だったが、素直で誠実な方だった。
いつ頃からだろう。
あれだけリリフィーヌ様がいない事にお怒りだった陛下の、カナコ様を見る目が変わった。
どう見ても、親しい以上の感情をお持ちなのがわかった。
ところがだ、肝心のカナコ様が分かってらっしゃらない。
以前おいでた場所では、ほとんど恋愛をしたことがなかったと仰ってたので、疎いんだろう。
陛下がお可愛そうな程だ。
おそらく、今回もそこから来たのだろう。
それにしても、『帰れ』は言い過ぎだ。
相変わらず、偏屈な堅物だ。
陛下のお部屋に着いた。
「陛下、よろしいでしょうか?」
「誰だ?」
「ジョゼです」
「入れ」
想像通り、ご機嫌は良くなかった。
「陛下、カナコ様ですが…」
「ああ、」
「私の家でお休みになられてます」
「…、すまない」
安心しておいでだ。やはり、リリフィーヌ様ではなく、カナコ様がご心配の様子。
「陛下、2,3お聞きしても宜しいでしょうか?」
「なんだ?」
「陛下はカナコ様を愛しく思われておりますね?」
「な、なんだ、いきなり?」
「ご正直に、」
「あ、言うのか?」
「はい」
「ああ。リリには悪いと思うが、カナコといたいと思う」
「愛してらっしゃる?それで、宜しいですか?」
開き直られる。
「ああ、愛してる」
「ならば、なぜ、お伝えになりません?」
「はぁ?なぜ伝える必要がある?」
はぁ?、だから混線するんだろう、と言いたいが、堪えた。
「カナコだって、わかってる」
「陛下、わかっておいでならば、あのように取り乱すことはなさいませんよ?」
「え?わかってないのか?」
「一体、陛下は何故そう思われたのですか?」
「あいつが、朝、俺に魔法を掛けた」
顔が赤い。
おそらくだ、リリフィーヌ様はそんな事は、しなかったのだろう。
照れるなよ、とカナコ様なら言うに違いない。
確かに、その行動は愛の告白だ。
ただし、この世界では、だ。
魔法のないニホンで育ったカナコ様に通じると思う方が、変だろう。
「それで愛するには充分だろ?」
「陛下、カナコ様はニホンの方です。その習慣をご存じないのではないでしょうか?」
「そ、そうか?」
「ええ、そうです」
図星なのか…。
「カナコ様を抱かれたことは?」
「言うのか?」
「カナコ様は抱かれたと仰いました」
「…、一度だ」
「その時、カナコ様に、リリになれと仰ったと?」
「言うのか?」
「カナコ様は泣いておいででした。もうこれ以上、リリフィーヌ様の代わりはしたくないと」
「代わりなどではない!」
伝わってないんだよ、と怒鳴りたい。
「そのことは、カナコ様に伝わったのでしょうか?」
「…、伝わってないのか?」
「はい、」
俯いて、考え込まれる。
「カナコは、ずっとリリの代わりで抱かれたと、本当に、そう思っていたのか?」
「そのようです」
「だから、泣いたのか…」
「泣いた?」
「あいつを抱いた時に、泣かれたんだ。その意味が分からなくて、カナコが分からなかった」
「陛下、カナコ様は恋愛には疎いのです」
「そうだな」
「ちゃんと言葉で、お伝え下さいませ」
落ち込んだご様子だ。
「カナコ様はリリフィーヌ様の身代わりは嫌だと、そう仰いました。その意味はお分かりですか?」
「え?」
「カナコ様はデューク様を愛しておいでです。そして、愛されたいと望んでおいでです」
「そうしてる」
「陛下、それはカナコ様に伝わって初めてそう言えるのですよ?」
「痛いな…」
「明日、朝にはお目覚めになります。カナコ様を失われたくないのであれば、正直に仰いませ。宜しいですね?」
陛下が苦笑いをした。
「ああ、」
「それではお待ちしております」
「カナコのこと、頼んだ」
「わかっております」
これでわからない方ではない。
もう、安心だ。
けど、これっきりにして欲しい。




