23
夜だ。
けど、今夜は寝付けない。
隣にいるデュークさんは、いつもなら、くっついて来るのに今夜は違った。
寝息がしない。
起きてるのかなぁ?
声掛けようか、どうしようかな?
うん、掛けよう。
「デュークさん?」
「なんだ?」
「眠れないんですか?」
「ああ…」
「どうしたら眠れます?」
「どうしたら、か?」
「私のせいで魔物征伐に行ったんです。せめて、寝て欲しいです」
にゅっと、デュークさんの手が私の体に伸びた。
一瞬ためらったのに、やっぱり、私の腕を掴んだ。
「カナコ?」
「はい?」
「リリになれ」
「え?」
「いいから、今、リリになれ」
なんだよ、急に。
仕方ないなぁ、じゃ、やるよ?
おもいっきり、けだるく、言ってみる。
「どうしたの、デューク?」
急に私の顎を掴む。
濃銀の瞳が、悲しそうに私を見るんだ。
こんなに近いのに、遠いんだ。
どうしてだろう…。
「リリは俺が戻ったら体を好きにさせてくれた」
「へ?」
瞳が閉じられていく。
囁きは、優しい。
「だから、せめてキスぐらいさせろ」
「デューク…」
唇が重なった。
凄いキスだ。
体が、芯から、熱くなってしまう。
この熱は、なんだろう?
長く、とても深い。
思わず応えてしまう。
自分じゃないみたいだ。
とても、とても、長いキスの後。
デュークさんは私から、いや、リリさんの体から、離れた。
私に背を向けると、吐き出すように言葉をしぼり出した。
「征伐の後は体が熱い。寝れないんだ。吐き出さないと駄目なんだ」
デュークさんは辛そうだ。
そうなんだ、そういう事なんだ…。
「けど、カナコは慣れていない。こんな扱いに慣れてはいないから…」
聖人なんかじゃない。
男なんだ。
理性じゃ抑えられなくて、苦しんでいるんだ。
どうして、我慢しているんだろう?
私がリリさんじゃないから?
そうか…、そうなんだ。
リリさんじゃないと、嫌なんだ。
私は慣れていないけど、リリさんはデュークさんをちゃんと受け入れていたんだ。
何度も何度も、私はリリさんじゃないと、念押しされてるみたい。
デュークさんは、リリさんじゃないと、駄目なんだ、って。
だって、この体はリリさんのものだ。
だからデュークさんは、辛いんだ。
思わず、言葉が出た。
「優しくして、」
驚いた声が届く。
「カナコ?」
「苦しそうなあなたを、見てられないから…」
リリさんの腕に触れる。
そうだよね、リリさんの体だ。
私じゃない。
今頃、思い知る。
「いいのか?」
「いい。けど…」
キスされた。
こんな時に、やさしいキスするなんて、反則だ。
どうして、私を、こんな風に扱うのよ?
リリさんにも、こんなに優しくしたの?
「優しくする…」
「うん」
もう一度、キス。
そして、そのまま唇が、私の肌の上を通っていく。
服を脱がされて、肌に指が…。
指が、触れた。
熱いよ…。
どう応えたらいいの?
私は、リリさんじゃないから、わからないよ?
けど、言葉にならない。
だって、気持ちいいから。
でも、でも、どうしたら、いいの?
「あ、どうしたら、い、い?」
「カナコ?」
優しい声が返ってくる。
卑怯だ。
卑怯すぎて、好きになりそうだ。
「何もしなくていい」
「けど…」
「俺が感じさせてやるから、」
「あっ!」
触れられただけなのに、衝撃が体中を巡った。
「!」
「感じたか?」
言葉が出ない、熱いよ。
何も考えられなかった。感じることしか出来なった。
あああ!
体中が震える。
「カナコ?」
「あ、あ…」
満足そうな顔で私の上に覆いかぶさった。
思わず、私はデュークさんにしがみ付いた。
だって、こんな刺激には慣れてないんだ。
「いいか?」
「あ」
ゆっくりと、優しく、私は彼を包み込んだ。
これでいいのか、なんなのか。
熱が私の中に放たれる。
「カナコ!」
そういうと私の上に落ちてきた。
汗が、肌が、熱さが、触れ合った。
心臓の音が届く。
愛おしい、と思った。
想ってしまった。
けど、愛しちゃ駄目なんだ。
想ってしまっては、駄目なんだよ!
涙が出た。
思わず顔を覆う。
「綺麗だ」
デュークさんはそう言う。
当たり前だ、リリさんの体だ。
綺麗な筈だ。
私の手を外して、その指にキスした。
流れる涙をデュークさんがキスで拭いてくれる。
けれども、この優しさは、私に向けられているんじゃない。
こうなるのが、わかってた。
だから、嫌だった。
けど、嬉しかった。
そして、デュークさんは眠った。
私は…、眠れなかった。
朝がきた。
目の前の瞳は赤紅だ。
「どうした?」
「いえ、おはようございます」
「ああ、」
私は、そそくさと起き上がり、魔法でサッパリすると服を着た。
勘違いするな、いいか、体はリリさんなんだ。
「カナコ、」
「はい?なんでしょう?」
「あ、夕べはありがとう。良く眠れた」
「良かったです。また辛い時は言ってくださいね?」
「カナコ?」
「だって、リリさんの体が目の前にあるんですから、ね?」
「あ?」
あれ?デュークさん、機嫌悪い?
急に、機嫌悪くなった。
「あ、ああ、そうだな…」
そうだ、学院の話しないと。
「あのですね、ジョゼが言うには、私は自分の魔法を制御することを覚えた方がいいとのことなんですが…」
「そうだな、それが、いい」
「学院に行った方がいいですかね?ダンスの時間が削れるんですけど?」
「魔法を制御する方が先だな」
「わかりました、じゃジョゼにお願いしときます」
「そうしろ!」
絶対、怒ってる。
「なんで怒ってるんですか?」
「怒ってなんかない」
「いや、怒ってるよ?」
睨まれた。
そんな顔をして睨まなくても、いいじゃんか!
「五月蝿い、黙れ!」
なんだよ?なんだよ!
黙ってやる、ズゥーーーーーーと黙ってやる!
「…」
デュークさんなんか、何処へでも、行け。
ジョゼが来た。
毎度のことだけど、手際よく朝食の支度をする。
トマト、目玉焼きの黄身を割って小さく切ったパンにつけて、ソーセージ、ビーンズ、ベーコン、マシュルーム。
今日は1回が限界だ。
「美味しかったわ、下げてくださる?」
「はい」
「いい、食べろ」
「いらない」
「いいから、食べろ!」
「いらない!」
ジョゼが驚いている。
「陛下?カナコ様?」
「ジョゼ、下げて!」
「下げるな、食べろ!」
睨んでやった。
「絶対に、食べない!」
私は立ち上がって、寝室に篭城した。
「好きにしろ!」
ドアが激しく閉まる音がした。
馬鹿野郎!
デュークさんなんか!嫌いだ!
涙が出た。
止まらない。
なんで、許しちゃったんだろう…。
体が覚えちゃったよ…。
熱かった、凄かった、忘れたくなかった。
私、馬鹿だ。
好きになっちゃいけないのに、許しちゃいけなかったのに…。




