189
それから、2ヵ月後のこと。
寝室へ行く子供たちを見送って、居間でウトウトとしていたんだ。
「カナコ?」
「なあに?」
デュークさんが私を抱きかかえた。
「さぁ、部屋へ行こう?」
「うん」
優しく部屋まで運んでくれる。
これはデュークさんの大切な仕事なんだって。
私を居間から部屋まで運んで、夜着に着替えさせてくれるの。
そして、必ず言ってくれる。
「カナコは綺麗だ」
そして、壊れ物を扱うような口づけを交わしてくれる。
大きな手で、ゆっくりと髪を梳いてくれる。
「俺は幸せだ、こうしてカナコを独占できるからな」
「うん、わたし、も」
「大丈夫か?」
「今は、大丈夫、だよ」
もう、抱いて欲しいなんていえないんだ。
気持ちはあるんだけど、無理だもの。
「そうか、ならいい」
「うん」
「さぁ、おいで」
「うん」
私はデュークさんの胸に顔を埋める。
デュークさんで満たされると、私はうなされる事が少ないらしい。
「ねぇ、」
「なんだ?」
「お願い、があるの」
「うん?」
「丘の上に、行きたい…」
無理なお願いだろうな。
その程度の遠出にすら持つかどうか怪しい私だ。
「わかった。準備しよう」
「ありがとう」
「なら、大人しくして、寝るんだ。いいな?」
「うん」
優しいなぁ、私の夫は。
あと、何日だろうか。
もっと、いっぱい、愛してるって言いたい、なぁ。
もっと、デュークさんの匂いを嗅いでいたいんだよ。
数日後。
「ほら、お母様。見えてきたわ!」
アリスが教えてくれた。
私は特別に作られた馬車の中で、横になっている。
私が寝ながら移動できる馬車なんだ。
「ほんとだよ!」
ルイもはしゃいでる。
「お前達、母は疲れているんだ。もう少し小さい声で話せ?」
「「はーい」」
今日はセーラがいない。
マリウス君と先に丘の上に行っている。
デュークさんも随分と寛大になったものだ。
あ、もちろん、泊りではないよ?
その辺の線引きには厳しい。
当たり前だ。
「あなた、大丈夫よ?子供たちの、声をきいてたいわ」
苦笑いのデュークさん。
「アリス、丘の上は、きれい?」
「うん、お母様、とっても綺麗よ?いつもより、色が濃いわ」
「そう…」
「それにね、母上、お空が青いよ?クリームみたいな雲がたくさん!」
「そうなの?ルイ、食べたいわね?」
デュークさんが頬を撫でてくれる。
「カナコは食いしん坊だな?」
「だって…」
「お父様、食べたい時に食べないと駄目よ?」
「そうだったな、すまない、アリス」
「お分かりいただけたのなら、いいわ。許してあげる」
その言い方…。
「アリスはカナコにそっくりだ」
言わないでよ…。
反省してるんだから。
「ほんと?嬉しい!」
え?いいの?
「アリスは母に似ていると嬉しいのか?」
「そうよ、だって、お母様に似てたら美人だもの!」
「まぁ…」
あら、目が潤んできた。
可愛い過ぎる。
なんて可愛いんだ。
やだ、泣いちゃうよ…。
デュークさんが涙を指で拭いてくれる。
「アリス、母が嬉しいと言って泣いてるぞ」
デュークさんはわかってくれた。
「ほんと?お母様、嬉しいの?」
心配そうなアリスとルイ。
「そう、嬉しいの。あなた達がかわいいから、うれしい、の」
ルイが抱きついてきた。
「はは上!」
可愛いなぁ。
丘の上に到着した。
子供達は飛び出すこともなく、優雅に降りていく。
降りたら走るのは同じだけどね。
私はデュークさんに抱きかかえられて馬車を降りる。
丘の上の匂いがした。
「さぁ、セーラとマリウスが待っている」
「ええ」
直ぐ側にデュークさんの顔があるんだ。
綺麗だ。
「デュークさん、きれい」
「うん?俺が?」
「そう、きれい」
「そうか?嬉しいな」
手を伸ばしたら届くんだ。
幸せだ。
丘の上の屋敷の居間は、花だらけになっていた。
香りが溢れている。
「すごい…」
セーラが自慢げに言うんだ。
「マリウスと一緒に花を摘んで、飾ったの」
「うれしいわ」
「綺麗!お姉様、素敵だわ!」
アリスは一つ一つの花の匂いを確認している。
「義母上が花が大好きだと聞きましたので、セーラと一緒に」
「ありがとう、マリウス。すばらしい、わ」
「マリウス、気遣いありがとう」
「義父上、まだ、何も出来てないんです。義母上には沢山助けて頂いたのに、私は何も返せてない…」
律儀な子だよ。
「いいのよ、セーラを頼んだわ。いい家族をつくってね?」
「はい、必ず!」
私は居間と景色を見渡せる場所に置かれたベットに寝かされた。
「どうだ?痛いところはないか?」
「ええ、大丈夫よ」
「うん、気分はどうだ?」
「いいわ」
そうやって私から離れない父親に、子供達が文句を言った。
「お父様、お母様を独り占めは駄目よ!」
「あ、アリス、いいじゃないか。父は、あ、そのだ」
マリウス君がいるから、なんとか言葉を飲み込んだ。
頑張れ、デューク。
「ちち上!俺もはは上の側にいたい!」
「ルイ、あなたは何時もくっついているじゃない?少しは譲りなさいよ?」
「セーラ姉様、マリウスさんがいるんだから、お姉様は我慢してよ」
「あら、アリス!そんなの…」
もう、可愛くて可愛くて。
その筈なのに、涙が止まらないんだ。
泣いちゃ駄目なのは分かってるんだけど、涙腺がおかしな事になっている。
「カナコ?」
「だいじょうぶ、よ」
アリスが涙を拭いてくれた。
「泣かないで?」
「ええ、けどね、うれしくて、ないたの」
「うれしくて?」
そう言って首を傾けるルイ。
「そうよ、みんな、良い子だから。うれしいの」
「はは上、俺、はは上が大好きだよ?」
「ありがとう」
「「私もよ!」」
姉達も声を揃えて言ってくれる。
嬉しいよ。
「お母様にプレゼントがあるの」
アリスが大きな包み紙に包まれたものを持ってきた。
「なんだ?」
「お父様、お父様とお母様の絵よ。私が描いたの」
そう言って、包みが外された。
見た瞬間に、涙が溢れる。
だって、その絵は、居間のベットで寝ている私とそれを看病してくれてるデュークさんだったんだから。
デュークさんは私の側に寄り添って、優しい瞳で、話し掛けてくれてる。
私もデュークさんを見て、嬉しそうに喋っているんだ。
この風景を描けるのはアリスしかいない。
「素晴らしいな…、そうだろう、カナコ?」
「え、ええ…、」
言葉が出なかった。
涙が溢れて止まらないんだ。
「お母様?」
心配そうなアリスに、デュークさんが優しく声を掛けた。
「アリス、母は嬉しくて、言葉がでないんだ。お前が素晴らしいからだぞ?」
「お母様、そうなの?」
「そう、よ。アリス、おいで」
アリスは私の側に来ると、抱きついてきた。
「ありがとう、」
「お母様!」
アリスは泣き出してしまった。
「この絵があれば、お父様も、寂しくないわ、でしょ?」
「ああ、そうだな。いつでもカナコが側にいてくれるからな」
「うん、いるから」
ルイが我慢出来なくなって、ベットに上って抱きついてきた。
「はは上、おれ、いい子になる。べんきょうも、剣も、みんな、がんばる。ちち上を助けるから、だから、だから…」
言葉の続きは想像出来た。
けど、ルイはその先を言わなかった。
「はは上!」
「ルイ、泣かないのよ?父上のような、立派な王になるの。約束よ?」
「うん」
デュークさんがルイを抱き上げた。
ルイはそのままデュークさんにしがみついて、声を出さずに泣いている。
やっぱり、ルイは王になる子だ。
「さぁ、泣くのはこれで終わりだ。セーラ、アリス。母に美味しいお菓子を作るんじゃないのか?」
「あ、アリス!」
「そうだったわ、テッドは?いるの?」
「もう準備してるぞ」
「「大変!」」
2人は飛び出していった。
私の為に作ってくれるんだよ?
嬉しいじゃないか。
「では、ルイ様。稽古しましょうか?」
マリウス君はルイの剣の先生になってくれている。
「はい!お願いします!」
「では、外へ」
2人はここから見える場所で稽古を始めるみたいだ。
デュークさんと2人になった。
「賑やかだったな?」
「うん」
「なぁ、アリスの絵、執務室に飾ってもいいか?」
「王宮じゃなくて?」
「寝室に飾ったら、涙が止まらないからな」
素直だ。
「城にいる方が長いだろ?カナコと長くいられる」
「うん、わかった」
「よし。じゃ側にいるから、少し寝ろ?」
「いてくれる?」
「ああ、いてやる」
「離れないで?」
「分かってるよ」
「じゃ、寝るわ」
そうして私は瞳を閉じた。
まだ、あと少しは、大丈夫。
それに、娘達の作ったお菓子は食べないとね…。




