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夫人が現れた。
「失礼致します」
物腰の落ち着いた女性が席に着く。
カフェ・マリーの例の部屋だ。
作っておいて良かった、便利だもん。
「よくいらっしゃって下さったわ、ビクラード夫人」
「王妃殿下、お初にお目に掛かります。アネモード・ビクラードと申します」
「会えて、嬉しいのよ?こちらは私の姉のマリー・ハイヒット」
「お目に掛かれて光栄ですわ、ビクラード夫人」
「私の方こそ、光栄です」
そう言って、落ち浮いた動作で席についた。
「お話を頂いた時はどうしたらいいのかと悩みました。ですが息子の姿を見ておりますと、1度妃殿下にお会いしたほうがいいと考えて参りました」
調査の結果通りの女性だった。
年は私よりも8歳上。
ビクラード家に見初められて、伯爵家からの輿入れ。
周りの評判も上々で、公爵が安心して仕事に打ち込めるのも彼女のお陰。
「マリウス君から、何かお聞きになったの?」
「はい。恐れ多いことに、セーラ様とお付き合いをしていると、伺いました」
彼女の赤紅の瞳は、真っ直ぐに私を見つめた。
この人は信用できる。
「申し訳御座いません」
そう、私に言った。
「ビクラード夫人、妹は気にしてないからね?」
マリ姉ちゃんは、やっぱりマリ姉ちゃんだ。
少し場が軽くなる。
「姉の言う通りよ。ビクラード夫人はどうお考えなのかしら?2人の事に、反対かしら?」
「いえ、そんな。ただただ、お恐れ多いのです。私共はルミナスの貴族にしか過ぎません。セーラ様はいずれ他国の王族に嫁がれるお方です。息子にはこれ以上、お近づきになることを止めるよう言い聞かせているのですが…。」
うん、普通の考え方だ。
安心した。
「ビクラード夫人。ご存知かも知れないけど、私、公爵とは何度も一緒に魔物征伐をしたのよ」
「はい、伺っております。確か陛下とのご婚礼前の頃からでした」
「そう、懐かしいわ。あの時から公爵の人柄は存じているつもり。彼の息子ならば間違いわ。だからね、娘を嫁がせても大丈夫だと思っているの」
「妃殿下!なんと…なんと仰いましたか?」
「マリウス君とセーラのこと、結婚させても構わないわよね?」
夫人は瞳を大きく開いたまま、無言になった。
私とお姉ちゃんは顔を見合わせた。
ここはお姉ちゃんに任せよう。
「ビクラード夫人、驚くわよね?」
「は、はぁ、まぁ…」
「妹はハイヒットの家から王家に嫁いだわ。だからね、ビクラード家にセーラが嫁いでも平気なのよ。どんな格式よりも、セーラが1番幸せになれる場所を作ってあげたいの。そんな母親の気持ち、わかってもらえるかしら?」
「それは、よく分かります。私にも娘がおりますから、あの子の幸せな姿を見ていたいと思いますもの」
「直ぐに、ではないのよ?それが無理な事は分かっているのよ。でもね、セーラは特別な立場にいるわ。それにマリウス君も人気があるし…。だから早い内に、婚約式だけでもしてあげたいの。そうすれば、安心なのよ、私が…」
私の寿命の事は言うつもりはない。
だから、きっと理解してもらえない話になるのはわかっているんだ。
そこのところを、上手くボカして進めるのはマリ姉ちゃんに任せたよ。
「妃殿下…」
「せっかちでしょ?陛下も妹もね、親馬鹿なのよ。これからおいおいに分かると思うけど、この2人に関わるとね、疲れるわよ?」
「ちょっと、お姉ちゃん!もう…、あ、」
やっちまった。
こんなのが王妃だってバレたら、ビクラード家の方から断られるかも…。
ごめんね、セーラ…。
「えっとビクラード夫人。ごめんなさい。これが私の地なのよ。優雅でも上品でもないの、ガッカリするわよね…」
夫人は笑い出してしまった。
「すみません、けど、フフフ。なんだか安心しました」
「そう?けど変よね?デュークさんにも良く言われるのよ。無理すると後で痛い目にあうぞ、って」
「え?デュークさんって?」
夫人が驚いている。
また、やってしもうた。
「あ…」
マリ姉ちゃんも笑ってしまう。
「フィー、もうね、そのままで喋りなさいよ。繕ったって無理よ?ごめんなさいね、ビクラード夫人。妹はね、陛下のことをデュークさんと呼んでね、もう、人前も気にしない程の惚気っぷりなのよ。ホントに、疲れるから、公爵にも良く伝えておいてね?だけどね、この2人は本当にルミナスのために働いているわ。だから、許してあげて?」
夫人は大きく頷いてくれた。
「分かりました。それでは、私も地を出して参ります」
「の、望むところよ」
けど、笑っているんだ。
「では、妃殿下。本当に家の息子でいいのですか?今はそれなりに頑張っているようですが、まだ子供です。大人になって、どうなるか、まだまだ不確かです。そんな未熟な男に大切な姫君を嫁がせるなど、私が妃殿下の立場ならば、この話、潰しますよ」
えげつない…けど、気に入った。
「潰すの?」
「はい、1度潰してから、様子を見ます。そうですね、後5年ほど。それでも互いが本気ならば、その時は応援します。どうでしょうか、妃殿下もそう焦らずに、ゆっくりと見守っていただければ?」
言葉が出なかった。
出せなかった。
私だって、そうしたいんだ。
ゆっくりと2人を見守って、時々喧嘩するだろう2人の愚痴を聞いてやって、慰めてやって。
そうしてやりたい。
その間に、アリスだって恋をするだろう。
2人の惚気あいぶりを見て、デュークさんが落ち込むのを慰めてあげて。
そして、自慢げに、娘達にこう言うんだ。
『あなた達よりもね、お父様とお母様の方がラブラブなんだからね!』って。
そうそう、きっとルイも彼女が出来る筈だ。
意地の悪い姑にならないように、娘達に釘を刺されて、落ち込んで、デュークさんに慰められたいよ。
『カナコ、お前には俺がいるだろう』って、慰められるんだ。
そうだよ、みんな、体験したいんだ。
時間があれば!
みんな、残らず体験したい。
子供達の時間を全部、全て、一緒に過ごしてやりたいんだ。
私の顔がこわばってしまった。
お姉ちゃんが気づく。
「フィー、もういいから、貴女は帰りなさい。夫人には私からお願いするから」
「駄目、いるわ」
「無理しないの。怖い顔してるわよ」
「わかってる…」
「妃殿下、いったい…」
ビクラード夫人は戸惑っている。
当たり前だ。
マリ姉ちゃんは夫人に優しく話しかけた。
「ビクラード夫人。何も聞かないで、2人のことを許してあげてもらないかしら?」
「あの、私が何かお気に障ることでも…」
そうじゃない。
私はちゃんと、そうじゃない事を伝えないといけない。
「違うのよ。夫人は何も悪くないわ。それどころか、貴女ならばセーラを預けてもいいと考えてるの」
「妃殿下…」
お姉ちゃんが言葉を続けてくれた。
「信じられないと思うんだけどね、妹には時間が無いの。貴女が言うような2人を見守っていく時間がね。妹だって、本当はそうしたいのよ。ううん、違うわね。まさか娘の恋愛する頃まで生きていられるって思ってなかったのよ。それが、セーラが恋をして、マリウス君が良い子だから。妹は夢を見てしまったの。娘の花嫁姿を見れるかも知れないってね。だって、見たいじゃない。私だって…、私だって、見せてあげたいのよ」
馬鹿、お姉ちゃんの方が涙声になってるじゃん…。
「ビクラード夫人。常識がないのはこちらの方だって、妹も分かっているの。それでも、何も聞かないで、協力して下さらない?私からもお願いするわ」
お姉ちゃんは夫人に頭を下げた。
ちょっと、お姉ちゃん、私、泣いちゃったよ…。
「わかりました」
夫人は静かに言ってくれた。
「妃殿下、マリーさん。家の息子をそこまで認めて下さるのに、母親の私が逃げ腰ではいけませんね。これ以上の事は聞きませんし、この事も誰にも言うつもりはありません。ただ、息子の事、よろしくお願い致します」
そう言って席を立って、礼をしてくれた。
私達姉妹は、涙を消して、夫人の手を取った。
「我が侭言ってごめんなさい」
「ビクラード夫人、決断して下さって、ありがとう」
それから、落ち着くまで取り留めのない会話を交わした。
この人で良かった。
セーラは大切にしてもらえるよ。




