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花の散るのを惜しむ季節に、ジョゼが亡くなった。
胸に穴が開いたようだ。
寂しい…。
最期は城の病院だったんだ。
私達が使う部屋をジョゼに使ってもらった。
看護には充分な人数を当てて、不自由なんてさせないようにしたんだよ。
それでも、ジョゼは亡くなった。
それでもだ。
最期まで、私の心配ばかりだった。
「カナコ様、いいですか、姫様達にあまり厳しくなさらないように、」
「うん、けど、ね。ちゃんとしないと駄目じゃない?」
「それは、認めます。けれども、ちゃんとルイ様と同じくらいに、優しくして下さいましね?」
「はい、ジョゼ」
満足気に微笑んだ。
「それから、ルイ様を甘やかさない、ことです。いいですね?」
「…、はい」
そこは自覚があった。
私はルイには甘い。
「けどね、デュークさんにそっくりなんだもの。可愛いのよ?ミニュチュアサイズのデュークさん。本当はもっと甘やかしたいくらい…」
「カナコ様?」
「すみません…」
「謝ってはいけないと、何度…」
「いいじゃない、ジョゼしかいないんだもの。ね?」
「カナコ様です、まったく」
私達は笑う。
「やっぱり、私にはジョゼがいないと、駄目だわ」
「いいえ、もう、大丈夫ですよ。ルミナスの王妃様は、誰よりも、ルミナスを愛し、王を愛しておられるのですから」
「ジョゼ?」
「ジョゼは安心して、ザックの所へ行けます。カナコ様、悲しむ事はありませんからね?」
「…、悲しいに決まってるよ」
「では、悲しんだ後は、懐かしんで下さい」
「ジョゼ…」
そんな穏やかな日々が続いた後に、静かに息を引き取ったんだ。
私とアリに見守られて。
ジョゼの葬儀は身内だけで、行った。
私達家族、ハイヒット家の者、スタッカード、アリの家族。
ザック達の身内は誰も参列しなかった。
いや、させなかったんだ。
ジョゼがリトルホルダーの家を返してからも、ザックの身内から時々訴えが来ていた。
彼等の言い分はジョゼがリトルホルダーの家を私物化していると言うものだったんだ。
当たり前じゃん、結婚してリトルホルダーを名乗ったんだ。
ジョゼの家だよ。
ジョゼの思い通りにして何が悪い。
自分たちの物でもないのに、権利を主張するなんて、おこがましいよ。
と、私は常に彼等にぶち切れていたんだ。
同席など、お断りだ。
アリに相談したら、アリも賛成してくれた。
「姉も、きっと同じ気持ちだったと思います。カナコ様、姉の葬儀は極々身内で行います」
「わかったわ。ここは陛下にお願いしましょう。ジョゼも静かな式を望んでいるですもの。そうよね、アリ?」
「その通りです」
だから、私はデュークさんの力を借りた。
親しい者だけの葬儀は静かで穏やかだった。
まるで、ジョゼそのものだったんだ。
落ち着きを取り戻し、日々が過ぎていく。
セーラは12歳に、アリス11歳、ルイ8歳になった。
トリミダ事件の後、舞踏会デビューを果たした姫達はその後も交代で舞踏会に出席するようになっているんだ。
娘達が出ると、喜ぶ人達が多いからね。
2人共、とても美人で、デュークさんの自慢だ。
最初の頃は色んな方と踊っていたんだけど、今は、舞踏会では絶対に誰とも踊らせない。
たとえ、申し込まれても、王自らが断るもんだから、仕舞いには誰も申し込んだりしなくなったんだ。
何と言う、親馬鹿だろうか…。
あ、でも、ルイが他の女と踊るの、嫌だな…。
ルイは舞踏会にデビューさせないでおこう、決めたもん。
誰にも反対はさせない。
うん。
そんな頃だった。
ルイが言語のクラスと剣のクラスを掛け持ちで受けるために出掛けて、アリスは絵のクラスでの追加授業で遅くなるらしく、セーラが1人先に帰ることになった、その日。
私は食品研究所でマサと2人会議をしてた。
「カナコ様、今日はもうこの辺で」
「あら、マサ。いいのよ?」
何年も苦戦している納豆の品種改良の話し合いが暗礁に乗り上げた時の事だ。
「しかしながら、匂いと粘りを消すとなると、それはもはや納豆ではないのですから…」
「まぁ、そうなんだけど、」
そこが問題なのだ。
予想通り納豆の粘りと匂いは受け入れられない。
色々と改良を重ねて、匂わない粘らない納豆の開発には成功した。
が、だ。
成功した納豆は納豆ではない。
そんなもの食べても健康になった気がしない。
なので、今日のお開きに繋がるんだ。
「これ以上は同じ意見しかでないのですから、カナコ様。今日はお仕舞いで」
「そうね、たまには早く戻ることにするわ」
そうだった。
今日はセーラが1人だったな。
たまには私が先に帰って待っていようっと。
「じゃ、マサ。後はお願いね」
「はい、この豆の利用法でも考えます」
私は馬車に揺られて宮殿に戻る。
最近、残された時間の事を考える時間が増えた。
受け入れるとして、どうして行けば良いんだろうかってね。
1人で乗る馬車は考え事にぴったりだった。
あ、そうだ、学院にセーラを迎えに行こう。
今から行けば、間に合う時間だ。
私はノックして馬車を止めて、お願いする。
「学院に寄って下さい」
「畏まりました」
ゆっくりと馬車が学院に向う。
学院へ向う道の両脇には背の高い落葉樹が植えられている。
そう、パリの郊外のようだ。
…、もちろん、行ったことなどない。
窓の外を眺めてみた。
向かいから男の子と女の子が歩いてくる。
あ、恋人同士かな?
手なんか繋いで、初々しいなぁ。
私とデュークさんには、そんな初々しい時間なんかなかったから、羨ましいぞ。
可愛いカップルさん、仲良くね…、、、、、え?
セーラ、何してるの?
私の馬車に気づいたセーラと目が合ってしまった。
ど、どうしよう、か。
このまま行き過ぎてしまって、いいんだろうか?
いや、セーラ、護衛はどうなったの?
帰したの?
おいおいおいおい。
話を聞かないと。
「止めてください!」
馬車が止まる。
セーラ達から少し行き過ぎているが、気にしない。
歩いていけばいいんだから。
私は馬車から降りると、セーラの姿を探す。
いた。
偶然なのか、ここには私達しかいない。
「お母様…」
セーラの見つかった感は凄い。
「セーラ、今帰りなの?」
「うん、そうなの」
手は繋がれてない。
「こちらの方は?」
「あ、お初に目に掛かります、妃殿下。マリウス・ビクラードといいます」
「あのね、学院の先輩なの。今日はたまたま帰りが同じになって…」
「いえ、私から姫様と一緒に帰りましょうと、声を掛けたのです」
「違うの、私が、その…」
初々しすぎる。
羨ましい。
が、聞くことを聞かなければ。
「セーラ、護衛はどうしたの?誰もいないわ?」
「…、この先で、待っててくれてるの…」
学院から歩いて10分か。
短いデートだわ。
なんか青春だね。
「セーラはマリウス君と帰りたかったのね?」
真っ赤な顔のセーラなんて初めて見たよ。
「はい」
これは応援するしかないだろう。
だって、私は後2年くらいしかいないんだから。
「マリウス君のお父上は確か、ビクラード公爵でしたわね?」
「父をご存知ですか?」
昔は時々一緒に魔物征伐に出掛けた仲だ。
軍の総大将である将軍のボルゾイ・ビクラード公爵。
肝っ玉の据わった気持ちのいい人間だ。
彼の息子なら、大丈夫だろう。
けど、念のためにアンリ兄様にお願いしようっと。
セーラには内緒だ。
「ねぇ、せっかくだから、3人でカフェ・マリーに行かないこと?」
「え?お母様?」
「マリウス君、大丈夫かしら?」
「はい!ぜひに!」
「では、馬車に乗って。セーラも」
「うん!」
私は、娘と恋人を馬車に乗せカフェ・マリーへと向う。
もちろん、途中でセーラの護衛を見つけ先に王宮に帰ってもらったよ。
けどね、なんか嬉しい。
こんな状況を体験出来るとは思ってもいなかった。
娘の恋人かぁ。
なんだか、カルピスを思い出しちゃった…。
目の前の2人は最初は緊張していたけど、カフェ・マリーでケーキを平らげた頃になると、この私にラブラブな雰囲気を見せるまでになったんだ。
やってくれるよ。
楽しい。
セーラ、ありがとうね。
貴女は、今、凄い親孝行してるよ。
あ、マサ、カルピス作ろうよ。




