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デュークさんは本当に数回しか宮殿に戻らない。
父親がいない居間で、子供達も寂しがってる。
「お父様、おしごと、いそがしいの?」
アリスが聞いてくる。
「そうなのよ。アリス、寂しい?」
「うん、さびしいの」
おいおい、デューク!アリスが泣きそうな顔をしてるぞ?
ルイも寂しそうに聞いてくる。
「ちちうえは、おこってる?」
「え?どうしてそう思うの?」
「うんーと、」
ルイは下を向いて黙ってしまった。
セーラが変わりに口を開く。
「お母さま、ルイはね、」
「なんでもない!」
「ルイ?」
「ははうえ、なんでも、ない。おれ、ねる」
そう言って、走って部屋へ行ってしまった。
アリエッタが急いで付いていった。
「セーラ、ルイはどうしたのかしら?」
「だって、お母さまって、お父さまと喧嘩してるでしょ?」
え?バレてる?
「そんなことないわよ?」
「ううん、ケンカしてる」
アリスにも言われてしまった。
「お父さまがお母さまを見てるのに、お母さまは知らんかおしてる」
怖い。
しかし、逆じゃないか?
「そうなの?」
「お父さまがいる時に、そっとお母さまを見てるのよ?気づいてる?」
「え?」
「アリス、あれって、お父さまはお母さまに気づかれないように見ているのよ、きっと」
「そうかしら?」
良く見ているな…。
けど、自分が子供の頃も気づいたもんね。
お父様とお母様が喧嘩した後は不自然に距離があったもんだ。
「どうして、なかなおり、しないの?」
「どうして?」
4つの瞳は鋭く私を見た。
困るじゃないか、私が知りたいんだよ。
「どうしてかしらね」
ため息が出たよ。
こんなに長い間の喧嘩なんてした事がないし…。
あ、あの噂。
まさか、子供達の耳にも届いているのかな?
いや、そんな事はないと信じようっと。
「セーラ、アリス。心配掛けて、ごめんなさい」
私は娘達に謝った。
「お母さま?」
「だいじょうぶ?」
小さい手が私の手を握ってくれる。
温かいよ。
勇気もらったよ。
「大丈夫よ。それにね、お父様との喧嘩、初めてじゃないから。仲直りのやり方は知ってるの」
「ほんと?」
嘘だよ。
途方にくれてるよ。
けど、そんな事、子供達に言えない、言うもんか。
「本当よ」
「お母さま、だいじょうぶ?」
「ええ。けどね、」
「なに?」
「セーラもアリスも、お姉様になったのね?お母様、嬉しいわ」
2人は顔を見合わせて照れくさそうにしてる。
「駄目なのは、私の方ね」
「そんなこと、ない」
「お母さま、大好きよ?」
「ありがとう」
娘達の方が大人だ。
何とか、しないといけないな。
どうしたらいいんだろう?
デュークさんと、話すしかないよね。
その晩は、ずっと居間で待っていたんだ。
「起きてたのか?」
デュークさんは居間にいる私を見てる。
けど、私の視線からは逸れているんだよ。
「ええ、起きてたの」
「もう遅い。先に寝てろ?」
「ちょっと、デュークさんに、相談があって…」
「なんだ?」
ああ、何から聞けばいいんだろうか。
言いたい事があり過ぎると、上手く言えなくなるんだ。
「あのね、子供達がね、心配してるのよ?デュークさんの帰りが遅くて、会えないから」
「そうだな。けど、仕事だ。我慢するように伝えてくれ」
その言葉は強かった。
反論をさせない言い方なんだ。
こんな言い方されたのは初めてだよ…。
「ねぇ?1日くらい、お休みは取れないの?」
「今は、無理だ」
「けど、こんなに長い間いないなんて…」
「カナコ」
私の言葉には答えずに、私の名前を呼んだ。
「なに?」
けど、私達の間にある、少しの距離を保ったままで、デュークさんが言うんだ。
「今は我慢してくれ」
「我慢?」
どういう意味なんだ?
我慢の意味が分からない。
側室が出来る事を我慢しろって言うの?
私以外の女を愛してしまった夫を許せっていうの?
その状況を我慢しろってこと?
「我慢ってどういう事?意味がわからないわ」
デュークさんは、答えてくれない。
ずっと無言だ。
私には言葉も掛けたくないの?
触れるだけじゃなくて?
そんなに、興味が無くなったの?
嫌いになったの?
「ねぇ?教えて?」
なのに、デュークさんは、急に私を見て、言うんだ。
「用事を思い出した。城に戻る」
城に戻るって、もう、夜中なんだよ?
護衛の人間だって、少ししかいない。
いくら近いからって、ちょっと非常識だ。
「え?戻るって?城に?」
目が合ったんだ。
「早く寝ろ?いいな?」
いつもと同じ瞳が、そこにあったんだよ。
思わず言ってしまう。
「デュークさん、私を嫌いになったの?」
「そうじゃない」
「だって、そうじゃない?もう、ずっとよ?」
「忙しいんだ、分かってくれ」
脱いでいた上着を羽織りなおして、デュークさんはドアノブに手を掛けた。
私は思わず叫んでいた。
「行かないで!」
固まった。
一瞬だけど、場が固まったんだ。
私は続けてお願いした。
「お願いよ。私の側にいて?」
「…」
「聞こえないの?私の声が届かないの?」
「…」
「私に触れてくれないの?デュークさん!」
それでも、出て行った。
出て行ったんだ。
ドアの閉まる音だけが響いてる。
デュークさんは、私に触れもしないで、城に戻って行ったんだよ。
もう、戻れないの?
なんで?
デュークさんだけ、いてくれればいいのに…。
デュークさんが欲しいのに。
もう、なし、なの?
そして、ある日突然だった。
彼女が仕事を休んだ。
それからは姿を見せなかった。
まさか…だ。
私は最悪の事しか考えられなくなっていた。
それでも、みんなの前では平然と装った。
それが、王妃の務めだと思ったからだ。
今はまだ王妃なんだから。




