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その夜は、珍しいことが起きた。
デュークさんが塞ぎこんで部屋に戻ってきた。
視察の帰りだ。
本当ならば、明々後日の昼に帰って来る筈だったのに、夜遅くに戻ってきたんだ。
道中を考えると、珍しいことだ。
まだ起きていた子供達は、大喜びしてる。
「おとうさまだ!」
「ちちうえ!」
「わーい!」
代わりばんこにデュークさんに抱きついている。
「あのね、」
と話をしたくてたまらない様子だ。
急な父親の帰りに、子供達はテンションが上がってしまってる。
けど、デュークさんは珍しく疲れているみたいだ。
「もう、遅いぞ?寝なさい」
お父様が大好きな子供達は、不満そうだ。
「でも!」
「だって、」
「もうちょっと、いいでしょ?」
「駄目よ、お父様はお疲れなの。わかるわね?」
「じゃ、明日、遊んでくださる?」
「セーラ、そうしたいんだがな、仕事が溜まっているんだ」
「えーつまんない!」
アリスの膨れた頬を突く、デュークさんだ。
「美人が台無しだな」
「もう!」
「ルイ、剣の稽古は進んだか?」
「え?お休みしていいって…」
私は思わず言ってしまった。
「休んだのか?」
「うん、ははうえが、…」
「人のせいにするな!」
「は、はい…」
「明日からはちゃんとしろ、いいな?」
「はい」
弟が叱られたせいで、姉たちも大人しくなる。
引き際としては、丁度いいんだけど、…。
「さぁ、お父様にお休みのご挨拶をして?」
「「「おやすみなさい」」」
「ああ、おやすみ」
ちょっと、シュンとして引き上げる子供達だ。
ドアを閉めてから、私はデュークさんを見た。
とても、疲れてるみたいだ。
「どうかしたの?」
「なんでもない」
「けど…」
「疲れただけだ。気にするな」
いつもよりも、ぶっきら棒だ。
それでも私はルイのことを聞かないといけない。
「ねぇ、ルイのことだけど。デュークさんがいない時は、お稽古はお休みにしていいって、そう言ったでしょ?」
デュークさんが声を荒げた。
「俺がいなくても、少しは稽古をさせろ。隊長がいるだろう!」
「デュークさん?」
どうしたって言うんだ?
私から視線をずらして、そう、避けるように、だ。
「カナコはルイを甘やかしすぎる」
これが、甘やかしているって言うのか?
大体、デュークさんがお休みにしていいって、そう言ったじゃないか!
なんで、ルイばかりに厳しいんだよ!
「ねぇ、もう少し、ルイに優しくしてあげて?」
「それは駄目だ」
まだ、目を合わせない。
なんだ?
私は回り込んで、目を合わせに行く。
「だって、ルイはまだ4歳なのよ?父親に甘えてもいい年齢だわ!」
「あいつは王になるんだ、俺みたいに弱くちゃ駄目なんだ!」
「え?」
いきなり何を言い出すんだ?
目が泳いでる。
「デュークさんが弱い?」
「いや、そうじゃなくて、ルイは強くならないといけないんだぞ?」
「それは、わかるわよ。けど、父親としてよ?もっと優しくてもいいでしょ?」
「俺は、父親として心配してるんだ!」
「それはわかってるの。けど、娘達とは差があり過ぎるわ」
「おまえが娘には厳しいんだよ」
「娘達はいずれ嫁ぐのよ?ルミナスの姫として恥ずかしくないように、注意してるの。わかるでしょ?」
「嫁になど、やらんから、いい!」
「デュークさん!」
分らず屋、復活だ。
頭にくる。
「石頭!」
「なんだと!」
「分らず屋だから、そう言ったのよ!」
「カナコ、おまえは王を育てているという自覚があるのか?」
「あるわよ。だから、心配してるんじゃないの!」
「本当にそうならば、俺と同じ考えの筈だ、違うか?」
「どういうこと?デュークさんと考え方が違ってると、それだと、駄目なの?それは、私が貴族でも王族でもないから?物を知らないから?王を育てるには相応しくないから?」
「そう言ってる訳じゃない、」
「そう言ってるのと、同じよ!」
この4年間、影で言われてたのは知ってる。
けど、気にしたら負けだから、知らん顔してきた。
だけども、傷つかない訳がないじゃん。
「他人に言われるなら我慢出来るわ。けど、デュークさんに言われたら、どうしていいかわからない。私は、私は…普通の生まれだもの…。でも、あの子達の母親なのよ…違う?」
「カナコ…」
私の涙に、物凄く驚いてるんだ。
泣いて悪かったけど、私だって不安なんだもの。
なんで、こんな意地悪を言うのか、分からない。
泣いてる私を、デュークさんが抱きしめてくれた。
「言い過ぎた、すまない」
「王は謝らないんでしょ?」
「おまえの夫だ」
「デュークさん…」
「すまなかった…、今日の俺は、どうかしてる…」
零れる涙を拭ってくれた。
「ルイは幸せ者だ。母がこんなにも心配してくれるんだからな」
「…」
「ルイの事は、少し考えてみよう。俺は、そうやって育てられたから分からないんだよ」
「デュークさん…」
「それに、カナコの育て方は間違ってない。俺が認めてる、安心しろ?」
「ありがとう、」
やっぱり優しい。
「あのね、デュークさんの気持ちもわかってるのよ?けど、沢山愛してあげてから、半分怒って欲しいの。怒られてても、それは、愛されてるからだって、信じさせてあげたいのよ。そうしたら、強くなれる、でしょ?私達に愛されてるって信じてたら、勇気を持って行動できるって、そう思うの」
「そうか…、カナコはそう考えてるんだな?」
「うん」
「わかった、しばらく時間をくれ」
「うん、わかった」
デュークさんの腕が私をギュっと抱きしめてくれた。
良かった。
苛立ちも収まったみたいだから。
だけど、キスしようとした私をデュークさんは拒んだ。
拒んだんだ。
「デューク、さん?」
「すまない。疲れているんだ」
「そう…」
初めての出来事だったんだよ。
その夜は何もないままで眠りに付いたんだ。
疲れていたんだろうね。
私は頭が真っ白だよ。
けど、おやすみなさい。
寝れないけど。




