162 あなざーさいど30
ポポロは忙しい。
ルイ・デューク・ルミナス
先々王の名を名乗るお世継ぎは、元気に泣いておいでだそうだ。
お世継ぎがお生まれになって直ぐに、私は陛下に呼ばれた。
私は執務室に入る。
そこにはいやにテンションが高い陛下がいた。
まぁ、当然ですね。
「陛下、おめでとうございます。これで、ルミナスも安泰です」
「うん、そうだな」
陛下のお顔が明るい。
「これで、カナコも楽になるだろう」
「そうですね、大分悩んでおいでみたいでしたから」
こんな時でも、カナコ様を心配する気持ちが先に出るんですね。
本当に仲がお良しいことです。
「ポポロにも分かったか?」
「はい、時々、塞ぎこまれるように、お黙りになることが多くなっておりましたので」
「あいつは思い込みが激しい所があるからな」
「そうですね…、けれども、それもカナコ様の良い性格の一つです」
「まぁ、そうだ。カナコの思い込みで、トーフやコメなんかが生産されているからな。ルミナスの富も増えた。あいつの思い込みのお陰だな」
そう言って人前でも、部下の前でもカナコ様を褒めるのですよ。
仲が良いのは良い事です。
そうでした。
お世継ぎとなると、問題が発生しますね。
「ところで、陛下、お世継ぎが誕生したのです。乳母はい如何致しますか?」
「乳母か?」
「はい」
しばし考え込まれる。
今までのルミナス王家では、王の子供は乳母の乳で育ち、専任の侍女が世話をした。
それをカナコ様は変えられた。
ご自分の乳で育て、専任の侍女を置かずに、ご自分が中心になって育ててらっしゃる。
だがしかし、それは姫様だから出来たのだ。
それでも、だ。
カナコ様の耳には入らないようにしてはいるが、姫様の育て方に異論を唱える者いた。
しかし、あのルミナスを震撼させた魔物の襲来を、カナコ様が防いでからは変わった。
その様な声をあげるものはいなくなったのだ。
ルミナスの貴族もカナコ様がお子をお育てになる事を容認したんだ。
それも、世継ぎとなれば、状況は変わる。
変わらざる終えない、はずだ。
貴族の中には異を唱えるものが出るだろうな。
考えが纏まったのか、陛下が私を見られる。
「ポポロ」
「は、」
「俺はカナコに育てさせてやりたい」
やはり、王はそう申される。
それは予想できた。
だが、私は反対しなければならないだろうな…。
「しかし、それでは、納得しない者達が声を上げ、やがてはルイ様を蔑ろにする行動に出るかもしれません」
「そうかも知れない。だが、その様な事、この俺がさせない」
「陛下…」
「カナコがルミナスにしてくれた事を考えると、この位の願いを叶えてやってもいいんじゃないか?そうだろう、ポポロ?」
「確かに、何もしない貴族達にとやかく言う権利などないですからね…」
そして、陛下は衝撃的なことをおっしゃる。
「ポポロ、これは、お前には初めて言うかも知れないが、カナコは後10年程しか生きられないそうだ」
意味が分からなかった。
何故、それが分かっているんだろうか?
分からないのが、人間ではないのか?
「10年、ですか?」
「らしい。エリフィーヌに生まれ変わる時に、そう言われたそうだ」
「では、そなると、30歳頃には、再び?」
「そうだ、死ぬんだろう」
陛下の言葉が一旦止まった。
そうでしょう、余りの衝撃に、私も思考が止まりそうになりましたから。
「カナコのこと、隠していたわけじゃない。だが、意識したくなかったから、言わないできたな」
「そうでしたか…」
「あいつも、そろそろ意識しだしてきたんだ。俺もだがな…」
陛下は悲しそうに、笑われた。
そして、言葉を続けられる。
「俺はカナコを悲しませたくない。それでなくても、あいつは子を奪われることを、もの凄く恐れる。他の場所で育てるなどと告げられたら、子供達を連れてハイヒットに帰りそうだ」
「さようでございますね…」
「それは困るからな…」
「本当に、です」
陛下もお困りになるかもしれませんが、私達も困るのです。
カナコ様がお子様を連れてハイヒットに御戻りになられる、なんて事になったら。
そうなったら、私達は毎日が恐ろしくなる。
簡単に想像できますよ。
それは絶対に阻止しなければならない。
私だって毎日を穏便に過ごしたいのです。
「畏まりました。このポポロ、カナコ様のために手を打ちましょう」
「頼んだぞ?」
「お任せ下さい」
やりますよ。
貴族から嫌味など、陛下のご機嫌が悪くなることから比べたら、大したことありませんから。
私、ポポロ・ライゲルは、仮にもルミナスの左大臣なのです。
必ず、貴族の口を封じます。
「あ、それとだ…」
陛下の口が急に苦いものになりました。
あれの件だ、と察します。
「何でしょうか?」
「世継ぎ誕生の恩赦の件だ」
「恩赦、ですね?」
カナコ様の粘り勝ちだと、胸を撫で下ろす。
先日、ルミナスを襲った魔物の大群。
その諸々の首謀者達の件だ。
ガナッシュ王女ドリエールの娘カリーナとケインという少年の処分が保留になったままなのだ。
当初は議会での審議に掛ける予定であったのだが、それを取りやめ、しばらく処分保留としたのは陛下である。
やはり、不憫に思われていたのだろう。
それでもだ、処刑にするか無期収監にするかを迷われた位だったのだが、そこに待ったをかけたのがカナコ様だった。
ある日の事。
私を呼び出すと、こう言われたのだ。
「ポポロ、あの娘、逃がしてあげたいの。いいでしょ?」
「か、カナコ様?」
「だって、あの大陸から来た男性と想い合っているじゃない。引き裂くなんて野暮よ?」
「しかし、彼女が何をしたのかは、カナコ様が良くご存知のはず…」
「そうよね、娘達に危害を加えようとしたわ。許せないわね…」
「それならば、なぜに?」
「けど、出来なかった、そうでしょ?それに、誰にも必要とされなかった少女を愛してくれる人が現れたのよ?どんな場所でも暮らしていけるでしょ?」
「どんな場所でも、ですか?」
ニッコリと微笑まれたカナコ様が、続けて言うのだ。
「場所は、ポポロなら考え付くでしょ?」
「カナコ様…」
「任せたわ」
「しかし、陛下が、なんと仰るか…」
「そこは任せて。だって、もうすぐ恩赦を出すことができるじゃない」
「恩赦?」
「この子が生まれたら、そうじゃない?」
「ああ、そうですね…」
と、私に処理を丸投げにして陛下を説得されていたのだ。
まぁ、目途は立ちましたがね。
カナコ様はなんと陛下に言われたのでしょうか?
陛下は、諦めたように私に尋ねられます。
「で、どうすることになったんだ?」
「ガナッシュが引き取ります。元居た屋敷に蟄居という事でアチラとは話が済んでおります。当然費用はガナッシュの負担としてもらいました」
「やはりそれが一番か?」
「ルミナスとの間に海がありますから、安心でしょう。しばらくすれば、孫娘を心配したガナッシュの王の願いに、寛大なルミナスの王が応えた。そう言う噂が流れます」
「わかった」
「では、そのように」
陛下がため息を漏らされた。
「あの娘は救われるのだろうか?」
私は答える事が出来なかった。
いや、そうではないのだろう。
答えは要らないのだ。
これからどう生きるかは、自分で決めるしかないんだから。
しばしの時間が過ぎて、気持ちを切り替えるように、明るい声で陛下からの注文が入る。
「さぁ、ポポロ。お前の仕事はそれだけではない。俺とカナコの息子が誕生したんだ」
「取り急ぎはお世継ぎ誕生の発表と、宴の開催ですね?」
「ああ、盛大にしてくれ。ルミナスの王になる者の誕生だ。ケチはつけるな?」
「心得ております。このポポロ。盛大な宴でルミナスの民をもてなしましょう」
「頼んだぞ」
その日の内に、王太子の誕生が発表された。
ルミナス全土に発表され、民は喜びの声をあげ、気の早いものは、大いに飲んで食べて祝ってくれたそうだ。
次の日。
城下街は大変な賑わいになる。
どの家にもルミナスの国旗が掲げられた。
そして、皆が広場に集まった。
陛下と妃殿下の絵が掲げられた、前の広場では、酒が振舞われている。
誰もが、世継ぎの誕生に浮かれているのだ。
ルミナスの未来が明るいことに安堵しているのだ。
これで、ルミナスも安泰だ。
後日、私はルイ様をカナコ様がお育てになる件について、議会で堂々と発表した。
王妃が直接お育てになる。
ルミナスの王妃以外に適任者はいるだろうか?
この問いかけに、否定的な回答をした者はいない。
そりゃ、影でコソコソいう奴はいるだろう。
だが、大半の者は『異議なし』と答えたのだ。
これで、なんの問題も無くなった。
私、やりましたよ。
そして、あの2人を乗せた船がガナッシュに向けて出立していきました。
私は、あの少女のこれからの人生が、穏やかであることを願います。




