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そうなんだよ。
デュークさんがいなくても、毎日は繰り返す。
トマト、目玉焼きの黄身を割って小さく切ったパンにつけて、ソーセージ、ビーンズ、ベーコン、マシュルーム。
「リリフィーヌ様は…」
ぬるいスープ。
「美味しかったわ、下げてくださる?」
「カナァコ!」
なんか毎日違う、独りで食べる晩御飯。
「お休みなさい」
ただ、朝の「起きろ」がない。
それが、少し寂しい…、なんてね。
怖いなぁ。
惚れてなんかいませんよ?
ただ、寂しいんだよ?
いけませんか?
慣れなんですよ。
予定を1日延ばして、4日目の夜。
デュークさんが帰ってきた。
もちろん、魔法でサッパリ小奇麗にしてはいるけど、疲れが全身から漂っている。
どれだけ厳しい戦いだったんだ?
どんな魔物がいるんだ、ルミナス。
さてさて、勉強の成果を見せとかないと。
ただ飯を食べてるわけじゃないんだよ、と。
リリさんはゆっくりデュークさんを見上げて、優雅に言うんだ。
「お帰りなさいませ」
私の第一声だ。
「ああ」
駄目だ、後が続かない。
「どうした?」
「後が続きません」
「ハハハ」
デュークさんが笑う。
笑うこともあるんだ、へぇ。
意外に可愛い。目尻のシワなんか、ね。
「笑うんだ…?」
「いや、そうだな…」
しまった、って顔をした。
「なんですか?」
「うん…なんだ…」
「あ、目がいつもより、薄くないですか?!」
「当たり前だ。魔法を使い果たした」
「大変だったんですね?」
「まぁな、昨日でやっと…」
「やっと?」
「いや、いい…」
居間のテーブルにはワインが1本とグラスは2個。椅子に座ったデュークさんはグラスに注ぐと一気に飲み干す。
そして、向かいに座った私を見つめる。
こんな美形に見つめられると、照れるんですよ。
意外に私、免疫ないんです。
あ、意外じゃない?どうせ、そうですよ。
「戦場で思い出したのは、カナコの間抜けた顔だった」
「なんですか、それ?」
「なんでだろうな」
「知りませんよ。大体、それでいいんですか?」
私ゃ、少し苦い顔になったよ。
「良くないな」
「そうですよ」
サービスだ、ワインを注いでやるか。
ついでに私も飲んじゃおっと。
グラス2個にワインを注いだ。
「カナコは飲むのか?」
「飲みますよ?忘年会だって、歓迎会だって、女子会だってありますもの。ワイン、好きですよ?」
「そうか」
「わぁ、これ美味しい!このワイン、高いんですかね?」
「だろうな」
そういって、また、笑った。
「おまえ、な、俺はこれでも国王なんだぞ?」
「そうでした、直ぐに忘れます。すみません」
実感がないのは、私がまだこの部屋から出てないからだろう。
トイレ、洗面所、ベット、居間。全部揃ってる。
食べ物は電話でデリバリ、趣味はちょっとの魔法とリリさんの真似。
今の私の仕事は引きこもりですから。
あ、ダンスのレッスンには行きます。歩いて5分ですが。
「おつまみって、ないんですか?」
「おつまみ?」
「ああ、飲むときに食べる軽いものです」
「今夜は無いな」
「なんか寂しいですね」
「飲むときは食べるのか?」
「食べますよ?いけませんか?」
私のグラスが空になったので、デュークさんが注いでくれた。
「すみません」
「いや、気にするな」
「はい」
「本当に、気にしてないな?」
「いけませんか?」
「いや、いい」
2杯目もクィっと空けた。
「食事はちゃんと取れたか?」
「問題ないです。ジョゼがご褒美をくれるので、大丈夫です」
「褒美?」
「ええ、ちゃんとリリさんの真似が出来たら、美味しいものを持ってきてくれるんですよ。これが、美味しいんです」
「まるで、犬の躾だな…」
あ、コイツ。犬って言ったな?
「ヒドイですよね、デュークさん。動物扱いですか?」
「いや、」
笑いを堪えてやがる。
なんて奴だ。
「楽しいそうだな、と思った」
「なんか、納得できません」
「しなくていい」
「そうですか?」
「いいから、飲め」
「あ、頂きます」
デュークさんもごくごく飲んでる。
豪快だな。
空になった。
すくっと立ち上がると、受話器に手をかけた。
「すまないが、ワインを。ああ、3本ほど。それと、なにか軽い食べ物を」
「あ、チーズがいいです!」
「チーズだそうだ、ああ、頼んだ」
これから、3本も空けるんだ。
ってか、久々の酒だ。
悪酔いしないことを祈っておこう。
「さぁ、飲むぞ。付き合え、いいな」
「いいですよ。私も結構イケル口ですから」
「いけるくち?」
「お酒大好きってことです」
「そうか」
侍従さんが、運んできてくれた。
「陛下、こちらで?」
「ああ、置いてくれ」
「はい、では失礼いたします」
侍従さんが、チラッと私を見て、一瞬驚いた目をした。
あ、ヤバイかった?
いなくなってから、確認する。
「ねぇ、リリさんってお酒飲んだの?」
「いや、飲まなかったな。あいつは、まだ16だから」
そうでした。
「あ、まぁね…」
「どうした?」
「だって、私33だもの。17上なんですよ」
デュークさんの目が大きくなった。
失礼ジャン。
「カナコは33だったのか?」
「ええ、そうですよ。行き遅れの大晦日過ぎの女で、彼氏もいませんよ」
「なんか、悲惨だな?」
「悲惨ですよ、飲まなきゃやってられません。注いでください」
「わかったよ」
いいのか、こき使って?
なんか楽しそうだから、いいんだろう。
酔ってきた。
「わたしの悲惨な人生に、乾杯!」
「意外に楽しそうな、カナコの人生に乾杯」
一緒にグラスを空にする。
「私の人生が楽しそうですか?」
「ああ、楽しそうだ。少なくとも俺はそんな人生を知らない」
デュークさんが、注いでくれた。
ははは…。
それにしても、王様にお酌してもらう人生が待っていたとはね…。




