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しばらくして。
私は安静から平常へと移った。
もちろん、無理な運動や、無茶な魔物征伐は禁止されているけど、概ね、普通に暮らせるようになった。
そうなってくると、興味は自ずと、食に向ってしまう。
私は向う。
ルミナス食品研究所へ。
今日はセーラとアリスも連れてだ。
マサがわざわざ遊び場を作ってくれているから、安心なんだ。
デュークさんは先日のことがあったから、少し渋っていたけど、護衛を沢山付けることで折れてくれた。
寛大になったものだ。
娘達がいるお陰で助かるよ。
私の願いよりも、娘のお願いには、断然弱いんだから…。
私達の馬車が付くと、玄関に、マサとジャック兄ちゃんとテッドがいた。
出迎えてくれたんだ。
「よくお出でになってくださいました」
「マサ、いつもありがとう。ようやく来れたわ」
ジャック兄ちゃんは手を軽く上げる。
らしいなぁ。
「兄様、元気?」
「ああ、楽しくやってるよ」
「良かった。ねぇ、マサ?兄は役に立っているのかしら?」
「ええ、助かってます」
娘達はテッドの大きな体の側に行って、離れない。
そりゃそうだ。
彼女たちの認識は、テッドは甘くて美味しいお菓子を作る魔法使い、なんだから。
今日だって、ここにテッドがいることを知ってるから行きたがったんだもの。
食いしん坊め…。
「テッド!お菓子は?」
「どこ?どこ?」
「姫様達がお出でるので、用意してますよ。今日のは、テッドの考えた新しいお菓子です」
「わーい!」
「だから、テッド、大すき!」
ああ、テッドがデレデレだ。
娘達よ、母の秘密兵器をどこで覚えた?
あれは禁止されているから、おまえ達の前ではやってない筈だぞ?
「さあ、中へ」
「そうね」
娘達は私など忘れたかのようにテッドと一緒に中に入っていく。
まぁ…、いいっか…。
この建物はルミナスの城下街から少し離れた場所にある。
ハイヒットの家に割りと近い。
結局、デュークさんが土地と建物を用意してくれて、ルミナスの国営企業という位置づけになったんだ。
ここで開発された製品は、製造方法を有料で公開している。
ルミナスもタダでは動かないからね。
豆腐はハイヒット製のものが1番質がいいけれども、他でも作られるようになった。
それに伴って、大豆を作る農家も増えてきた。
地下の人達の地上への移住も進んできている。
地上に出れば征伐税は納める必要がないけれど、軍に登録して、魔物征伐の時に活動しなくてはならない。
だって、征伐は兵士の他に沢山の人が必要なんだ。
兵士の世話をする人、食料などを運んだり調理したり、道具の管理や調達。
下手したら、そっちの人数の方が多いときがある。
なので、地上に移ってくれた方が、ルミナスのためなんだ。
あ、話がずれていく。
味噌、醤油も民間に移行して行った。
こちらも製造方法を買い取った業者や商会が各自に生産を開始してる。
カフェ・マリー方式を取る商会も現れて、それは、ガナッシュやアルホートへも飛び火している。
まぁ、みんなが潤ってくれれば、それにこしたことはない。
「さぁ、漬物の進行具合は、どうかしら?」
私はマサとジャック兄ちゃんの3人で会議中。
「ジャックさんが色々と試して下さるお陰で、この通り…」
「沢庵、あまり臭わないわ」
「もう少し工夫すれば、無臭に近くなるよ」
「凄い!」
そうなれば、ルミナスの人にも受け入れられかな…。
「やっぱり、握り飯には沢庵ですよね?」
「そうよね、絶対に譲れないわ。けど、ね。臭わないなんて、寂しいわね…」
そうだよ?私はお握りの海苔の匂いと沢庵の匂いは郷愁をそそる黄金コンビなんだ。
無臭の沢庵なんて、空しいものだ。
「まったく、カナコ様の言う通りですよ。でも、慣れでしょうから、その内に…」
「そうね、その内にね」
お兄ちゃんが嫌な顔をする。
「あんな臭いものが、ないと寂しいなんて、フィーもマサも変だな?」
「あら、そんなものなのよ?」
「そうですよ、チーズみたいなものなんですから」
「ふーん」
私達の議論は平行線を辿る。
相容れないものは、どうしようもないんだな、これが。
その時、ドアがノックされ、開いた。
「妃殿下、申し訳ございません…」
「どうしたの?」
「姫様達が泣いておいでなのです、来ていただけないでしょうか?」
あらあら。
「いいのよ、子供は泣くのが仕事だもの。マサ、兄様。ちょっと失礼するわ」
「いいよ」
「ええ」
私は案内されて、娘達のいる部屋に急ぐ。
「あーーーーん!」
「えーーーん!」
聞こえるぞ。
「あ、カナコ様!申し訳ありません…」
「いいのよ、テッド。セーラ、アリス。どうしたの?」
「だって、おとうさまが、かわいそう!」
は?
なんでだ?
アリスの話は見えないぞ?
「あの、あのね、グスっ、お父様にね、もって、いけないの…」
「えっと、テッド?状況を説明願えるかしら?」
テッドも苦笑いしつつ、困惑している。
「実は、今日の新作は米粉を使った白玉の黒蜜かけでして、姫様達が美味しいから陛下に持って帰りたいと申されたのですが、何分、白玉ですから…」
「固くなるのね…」
「ええ、後日お時間さえいただければ、城に出向きお作りするのですが、今日食べていただきたいと申されまして…」
仕方が無いなぁ…。
そんな可愛いこと言ったなんて、デュークさんが知ったら、速攻でテッドを呼びつけるじゃないか。
「そう、セーラもアリスも、優しいのね?」
「お母様!」
「えーーん!」
そんなに悲しいのかい?
子供の感情は激しいねぇ。
「じゃ、テッドに別のものを作ってもらって、お父様には、今日はそれで我慢していただきましょう?」
「けど…、」
「これじゃないと、いや」
「だからね、別の日に、テッドと一緒にこのお菓子を作って、お父様を驚かせましょう?どう?」
娘達の顔が、キラキラ笑顔になった!
「うん!」
「つくる!」
「じゃね、約束ね?」
「うん、テッド、やくそく!」
「やくそく!」
「はい、姫様。近いうちに城に参りますね」
「やったー!」
「うん!」
そうやって、機嫌を直した娘たちと、テッドが急遽作ってくれたクッキーを持って城に帰たんだ。
夜だ。
「おとうさま、おかあさま、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
「ああ、よく寝るんだぞ?」
「うん!」
「お休みなさい」
「はーい」
娘達が可愛いネグリジェに着替えて寝室に行った。
今は2人で一緒に寝かせてる。
アリエッタが2人の手を引いていってくれるんだ。
娘達から、クッキーのお土産を貰ったデュークさんの目尻は下がりっぱなしだ。
白玉の黒蜜かけは、3人の内緒だから、教えてない。
今日も楽しい1日になったね。
静かになった。
やっと、2人の時間になる。
この時間がないと、私達は不満で爆発するかも知れない…、なんてね。
「カナコ?」
「なあに?」
「子は元気か?」
「うん、大丈夫」
「どれどれ…」
デュークさんはお腹をやさしく撫でてくれる。
まだ初期だから、殆ど変化はない。
「いい子にしてるか?おまえの母は悪い子だけどな…」
「もう、デュークさん、許して?」
笑ってる。
「今のは俺が悪かったな?」
「そうだよ、もう…」
デュークさんの大きな手が私の頬に触れた。
「キス、したい。いいか?」
「うん」
大人なデュークさんは、軽めのキスで終らせてくれる。
「カナコ、皆がおまえを慕っている」
「え?そう?」
「ああ、ルミナスはカナコが救った」
「デュークさん…」
「俺はおまえが誇らしい。おまえが俺の妻であることも、王妃であることも、娘達の母であることも、全部が、だ」
「本当?」
「俺が嘘を言ったこと、あるか?」
あるんだぞ、これが。
「あるよ?」
「え?」
「お母様に嘘言ってくれたでしょ?」
「あ、」
お母様に自分が充分に叱ったから、叱らないで欲しいってね。
「聞いたのか?」
「うん。ありがとう」
「けど、嘘だぞ?」
「でも、私のことを思ってくれての嘘だもの」
「まぁ、そうだけれどな」
あの日からしばらくして、だ。
久し振りに2人きりになった時のこと。
デュークさんは私の行動を褒めてくれた。
もちろん、夫としては絶対に認めたくないけれど、の但し付きだけどね。
王妃として相応しい行動をしてくれて、嬉しいって、言ってくれたんだ。
「カナコがいてくれて、それだけで、俺は安心できるんだ」
「ホント?」
「そうだとも。カナコがいてくれるだけで、俺の機嫌はいいんだぞ?」
「嬉しいよ?」
けど、これ以上は禁止されてる私達。
「うん、だから、寝ろ?」
「デュークさん、ごめんね?」
「謝るな。当たり前のことだ。元気な子に会いたいんだからな」
「そうだね、ねぇ?」
「なんだ?」
「やっぱり、男の子がいいよね?」
頬を抓られた。
「どっちでも、健康で素直ならいい。それよりも、な?」
「うん?」
「後何人作ろうか?」
「え?そっち?」
「何人でもいいんだが、な…」
そこは、神のみぞ知るですわ。
「そこは、成り行きで、駄目?」
「それもいいな」
寝る前のキスはいつも優しいよ。
大好きだよ。




