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子供達と過ごしていた日のこと。
私は珍しく何も予定がなくて、子供達の人形遊びに付き合っていた。
この遊びの時は、私は娘役を割り当てられるんだよ。
得意げに私を叱る娘達の、その口調が、私そっくりだと、アリエッタに言われてる。
私、そんなに怖くないよ?
そこに突然掛かってきたんだよ。
お母様からの電話が。
その内容に、驚いたね。
「どうしたの?」
「夕べね、ジャックが学院を辞めたの」
おいおい…。
「え?ジャック兄ちゃんが?」
「そうなのよ。フィーは何か聞いているかしら?」
「ううん、何も…。陛下もまだ聞いていないのかもしれないわ」
「そう…。陛下には色々とご心配頂いていたみたいなのに、申し訳ない事をしてしまったわ…」
「そうね…、けど、お兄ちゃんが決めたんなら、仕方ないよ」
「そうなんだけどね…」
「お母様が気に病んじゃ駄目よ?ジャック兄ちゃんの人生をジャック兄ちゃんが決めたんだから。何かあってもお兄ちゃんが自分で乗り越えるわ。そうでしょ?」
そして、何かを吹っ切るように、お母様の声は明るくなった。
「そうね、フィーの言う通りだわ。ジャックも、もう大人なんだし、私の分からない事情もあるだろうから、ね」
「そうよ、ジャック兄ちゃんよ?」
「そうよね、あの子なら学院を辞めたって、食べていく道はいくらでもあるでしょうからね」
「あるわよ…、あ、」
就職先、見つけた。
無職になりたての兄よ、私を助けておくれでないかい?
「ねぇ、もしお兄ちゃんが良ければ、食品研究所に来てくれないかしら?人手が足りてないの」
「フィーの所ね?ジャックに聞いておくわ」
「うん、お願いね」
そして、しばらく差し障りのない話をしてから、受話器を置いた。
私はため息をついた。
ジャック兄ちゃんが学院を辞めただなんて。
今の学院は揉めている。
ザックが学院を辞めてから、学院長が決まらないまま半年が過ぎていった。
次の学院長を決める話し合いは紛糾しているらしい。
私なんか選挙で決めればいいのに、って思うけど違うんだそうだ。
あくまでも、学院長は話し合いで決めなくてはいけない。
今回の候補は3人いた。
その3人共に、長所もあれば短所もある。
ジャック兄ちゃんの短所は、魔量の少なさだ。
学院長ともなれば、魔物征伐なんかの現場での陣頭指揮を取ることも出てくる。
そこが大丈夫なのかって疑問視されていた。
そんなん、なんとかなる様に組織を組み直せばいいって思う。
けれども、それも、そうじゃないらしい。
示しが付かないらしいんだ。
「おかあさま?」
受話器を置いて考え込んでいた私を心配して、アリスが覗き込んだ。
デュークさんに良く似た瞳が、私を見ている。
「なあに?」
「だって、さびしそう、よ?」
「そう見えたの?」
「うん」
「大丈夫よ。寂しくないわ。アリスが横にいてくれてるもの」
「うん!」
「お母さま、セーラもいるのよ?」
「そうね、セーラ。セーラはいつも側にいてくれるものね」
「そう!」
娘たちの自慢げな笑顔が可愛いなぁ。
いかん、お母様しなくては。
「さぁ、続きをしましょう?」
「ちがうのが、いい」
「違うの?」
「ご本よんで!」
「いいわよ?」
「わーい!」
「この本がいいの!」
娘達は本当に可愛い。
セーラはマリ姉ちゃんにちょっと似ている。
アリスは優しい時のデュークさんに似ているんだ。
居間の座り心地最高のソファーで、私が読む本を嬉しそうに見ていた2人は、気づいたら眠ってしまっていた。
スヤスヤと気持ち良さそうだ。
極楽だな。
本当なら、侍女を呼んで娘達の部屋に連れていくんだけど、今日はこのままで、いいよ。
可愛い2人の緑の髪を撫でながら、私はお母様の苦労を思った。
子供って、その子の人生を進むんだ。
それが、親の思いと違っていても、だ。
子供が思い通りにならない。
そんな当たり前の事が、ショックになるんだね。
アリエッタが静かに入って来た。
「カナコ様?」
「あ、アリエッタ。2人共、寝ちゃったんだけど、このままでしばらくいるわ」
「大丈夫ですか?姫様達も随分と大きくなられましたよ?」
「そうね…、けど、このままで」
「畏まりました」
ジョゼがいなくなってから、ジョゼの仕事はアリエッタとエイミィが継いだ。
アリエッタは子供達中心に、エイミィは私中心に。
2人の連携は完璧だ。
不自由したことなんか一度もない。
アリエッタは静かに引き下がった。
娘達の寝顔を見ながら、こんな時間も久し振りだと思った。
体温が温かいな。
私もこの子達に振り回されるんだろうか?
思い通りにならないのが、子供なんだろうけどね…。
けどさ、…。
私、死んじゃうからな。
ああ、止めよう。
この事は考えるのを止めとこう。
とにかく、ジャック兄ちゃんだよ…。
辞めなくても、なんて思うのは本人じゃないからだよね。
あんなに魔量の少ないことと折り合いをつけてきたのに、結局はそこから逃れられなかったんだ。
ああ、私の分、分けてあげれたらなぁ…。
なんて、お兄ちゃんは意外に頑固だから、固辞するだろうな。
その晩のことだ。
子供達が寝てしまって、デュークさんと2人の時間の時。
「え?バンビーに行くの?」
急にデュークさんから告げられたんだ。
あそこには、リチャードの家族がいる。
そして、そのリチャードの2人の息子が殺されたそうだ。
「行って来る」
「デュークさんだけで?私は?」
「今回は俺1人が良いと思う。リチャードの家族に会いにいくんだからな。カナコは行かないほうがいい」
「…、そうだね。私は会えないね」
うん、そうだ。
私はリチャードを殺した人間だから。
正当防衛だったから、罪悪感は持ってない。
けど、そんなに簡単な事じゃないもの。
「いつから行くの?」
「2週間後になる」
「わかったわ。娘達と待っている」
娘達とお留守番だ。
そうそう、学院のことだ。
聞きそびれそうになった。
「ねぇ、学院のことなんだけど。ジャック兄様が辞めたって話、本当なの?」
「その事は、俺も今日聞いた。ジャックの意思は固いそうだ」
「そうなんだ…」
私がよっぽど暗い顔でもしてたのか、私の頬を両手で包み込んでくれる。
「どうした?」
「だって、あれだけデュークさんに目を掛けられていたのにさ、簡単に辞めちゃった気がして、…。申し訳ないもの」
優しい瞳だな。
いつもの事だけど。
「カナコ。一度、ハイヒットに行って来るか?」
「いいの?」
「こちらに来るとなると大変だ。たまには孫の顔を見せてやるといい」
「嬉しい!きっと、お父様もお母様も喜ぶわ」
「但し、日帰りだぞ?」
「はい、わかってます」
私は寛大な王様にキスをした。
「じゃ、娘達と行って来るわ」
「ちゃんとジャックを話をして来るんだそ?」
「ええ」
寛大な王様の気が変わらない内に、日取りを決めて、家に帰ることにしたんだ。
やっぱり実家って良いもんだよね。




