139 あなざーさいど25
ジョゼの決意
「ジョゼ!」
「ジョゼ!」
姫様達が、私の名を呼びながら飛びついてくる。
「どうしましたか?」
セーラ様が私を見上げて仰る。
「あのね、もう、お菓子をいただいてもいいころだと、おもうの!」
「おかし!」
「そうでしたか?まだ少し早いのでは?」
「そんなこと、ないもの!ね、アリス?」
「うん!はやく、ない?」
仕方がない姫様達だ。
食いしん坊な所は、カナコ様そっくりで…。
「わかりました、では、食堂に参りましょう?」
「はい!」
「うん!」
姫様に手を引かれて、私は食堂に向う。
早いものだ。
セーラ様は3歳、アリス様は2歳になられた。
私は、もう50歳になる。
この世界では50歳まで生きれば、寿命を全うしたと言われる。
そんな年になってしまったんだ。
カナコ様も19歳だ。
すっかり落ち着かれて、お忙しい毎日を送っている。
姫様の母君、陛下の奥方、王妃としての公務、それに、マサ達との事業の最高責任者。
ルミナスの民が王家を尊敬してやまないのは、カナコ様の献身的な姿が大きい。
最初に城に入られた時の、あの宣言。
『私の忠誠をルミナスと王に。皆に永遠なるルミナスの加護を』
この宣言は、ルミナス宣言として、今や国民の誰もが口にする言葉となった。
カナコ様が御公務でお出かけになれば、人々がそこへ殺到する。
一度でいいから、お会いしたいと誰もが慕っているのだ。
「ジョゼ、おいしいよ?」
「おいしい!」
姫様達は愛らしい表情で私に教えてくださる。
「それは、宜しゅうございました」
「ジョゼも、食べて?」
「ジョゼはお腹が一杯です。姫様がお召し上がりくださいね?」
残念そうに、見詰め合うお2人。
「アリス、ジョゼ、食べれないって…」
「かわいそう…」
「姫様、お気持ちだけは受け取りましたよ?ありがとうございます」
「うん、アリス、いい?」
「いい!ジョゼ、大すき!」
お2人とも、深い緑の髪に紫紺の瞳をお持ちです。
陛下とカナコ様の良いところを受け継がれたお顔立ちは、毎日見ていても、綺麗で見飽きません。
「おとうさま、と、おかあさま、は、明日、もどられるの?」
「そうでございます」
「おみあげ、は?」
「きっとございますよ。良い子になさっておいででしたから」
「ホント?」
「ええ、ジョゼがお伝えしておきます」
微笑み合われる姫様たち。
なんて、可愛いのでしょうか…。
「ジョゼ様、ポポロ様が御戻りです」
「はい」
アリエッタが私を呼ぶ。
彼女も、すっかりこの場所に馴染んでいる。
一緒に働きだしたエイミィは、陛下とカナコ様に同行している。
この2人がいれば、もう大丈夫。
「ジョゼ?」
「いくの?」
「直ぐに戻りますから、アリエッタの言うことをきいてくださいね?」
「うん」
「うん」
ポポロは陛下達に同行していた。
視察はつつがなく終られたみたいだ。
会見の間で、彼は待っていた。
「ジョゼ殿?」
「ポポロさん、お疲れ様でした」
彼も相変わらずだ。
「如何でしたか、お米のほうは?」
「順調でした。なにしろ、壮観な眺めでしたよ、黄金の四角は」
「黄金の四角?」
「米の畑です」
「ああ、カナコ様が田んぼと呼んでおられる?」
「ええ、黄金色に輝いて見えました」
カナコ様が先等に立って勧めてきた計画が、今年ようやく身を結んだのだ。
「陛下がそれを見て、これは黄金だな、とつぶやかれてね。さっそく皆が黄金の四角と呼び始めました」
「黄金の四角ですか、素敵ですね…」
「用意されていた白米を炊いたものを、カナコ様が一口召し上がるなり、涙を零されて」
「涙?」
「ええ、よほど、美味しかったのでしょうね。それを見た皆がまた、感動して、大変でした」
カナコ様の米に対する情熱は凄かった。
なにしろ、5年も掛けると最初に宣言して、着々と進めたのだ。
そうそう、マサも米に関しては熱かった。
あの2人に引き摺られて、進んだ事業だ。
「それは、よかった」
「で、です、よ。ジョゼ殿?」
「はい」
「手紙は卑怯だと、カナコ様が仰ってます」
「わかっています、けど…」
「直接は言えない、ですね?」
「その通りです」
「あの手紙を読んだ後のカナコ様のご様子、想像ついたのではありませんか?」
「まぁ、そうですね。視察先で、ご迷惑をお掛けしたとは思います」
「その通りです。ジョゼ殿が辞めたいなど、カナコ様がどれだけお悲しみになられたか…」
なんてありがたいんだろうか。
私は勝手にカナコ様を妹のように慕っていたのだが、カナコ様も少なからず信頼してくれていたのだ。
けれども、もう、頃合だ。
この先の時間をザックと共に、2人で過ごしたい。
「けれども、陛下と私に、先に相談くださって助かりました」
「これで良かったでしょうか?」
「はい、1日予定を空けましたので、陛下がゆっくりとカナコ様を宥めてくださいました」
「良かったです、安心しました」
「まったく、まだ電話も通じてない地方ですから、ね」
「ポポロさんには、迷惑を掛けました。すみません」
「いいえ!」
そう言って、ポポロさんは寂しそうに笑った。
「けれども、決意は固いのでしょう?」
「はい」
「それは、サーシャ殿のことが関係しているのですか?」
もう、5年もたった。
カナコ様の姉のサーシャ殿が、色々あって、ハイヒット家を離れた。
その時の事件はもう既に解決して、サーシャ殿も、今はガナッシュで元気に過ごしておいでると聞いた。
しかし、ザックは心に傷を負ってしまった。
誰かが悪かった訳でもない。
けれども、教え子が自分を慕い、妻の私を殺そうとしたことに、傷ついたのだ。
あの人は軽々と物事を進めそうな振りをして、いろんなことを考えすぎる。
自分が彼女を追い詰めた、と、後悔ばかりしているのだ。
一度、ルミナスから離れたい。
そう言葉を漏らしてから、1年。
私達は何度も話し合って、準備をしてきた。
今回のことは、手紙でのお伺いではなく、辞表を送ったと同じだ。
「彼女の事は、関係ないとは言えません。けれども、私達夫婦が出した結論には関係ないんです」
ポポロさんがため息をついた。
「わかりました。けれども、出立は陛下とカナコ様が戻られてからにして下さい。でなければ、あなた達に謹慎を命令すると陛下が仰りましたよ」
苦笑いだ。
「ええ、わかりました。そんなに急には動きません。安心して下さい」
「良かったです。では、陛下に連絡いたしますね」
「お願い致します」
そろそろ、外からカナコ様のことを祈る時期が来ただけのことだ。
私の心は穏やかだった。