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134 あなざーさいど24

アンリの心配事。





この所、何かがざわめいている感じが拭えない。

妹に子供ができた事が発表され、おめでたいムードが漂っているのに、だ。

来月には私がトーマスさんが右大臣を辞任する。

私がその後釜に入ることになっている。




いい事ばかりのはずなのに、なんだろう。




「アンリ?どうしたの?」

「グレイス、なんだろう、何かざわついているんだ」

「ざわつく?」

「そうとしか言えないんだよ、曖昧だね」

「そう…ね…」


そういって、私の妻は、あの綺麗な群青の瞳を曇らせた。


「いや、たいしたことではないのかも知れないから…」

「いいえ、アンリ。あなたがそう感じるのならば、調べた方がいいわ。フィー様が無事にお子を産むまでは、安心できないでしょ?」


そうなんだ。

私とポポロさんは、あの、リチャードの子供達とその背後を警戒している。

フィーの子供が生まれれば、自分達の芽は完全に消えるからだ。

何かを行おうとしているんだろうか?


「そうだな、無駄でもいいから、シュウに調べてもらうよ」

「それがいいと思うの」


私の奥さんは、とても優秀な補佐役だ。

良かった、結婚して。





そして、ありがたいことに、無事にフィーが姫様を産んだ。




それは穏やかな春の日のことだった。

当日の陛下のオロオロっぷりは、後々の語り草になるんだろうな。


産室の隣にある控え室で、ウロウロとしていたのは、私の父だ。

それは陛下の役ではないか、と思ったが、言うのはやめといた。

きっと父はそんな言葉も耳に入ってなかっただろうからな。

孫という存在はそれほどまでに可愛いんだろか?


さてさて、だ。

陛下といえば、そんな父を横目に、俺は落ち着いているんだぞ、をアピールしていたのだが、大体ここにいること自体がオロオロの証だ。

仕事が溜まっていた筈なのに。


私が執務室に出向いた時、侍従が困り果てていたんだ。

いつの間にか執務室から消えていたなんてね。

スケジュールは詰まっているのに。

一刻も早くお戻りになっていただかないと皆が困っているではないか…。


間違いなく、此処だと思った。

当たり前すぎるけどね。

陣痛が始まったといっても、どのくらいの時間が掛かるのかは分からないそうだ。

人によって違うんだから。

だから、あれほど生まれるまで執務室で書類に目を通して欲しいとお願いしたんだ。


まさかと思って来て見たら、正解だった。

ウロウロしている父に隠れるように、陛下がいらっしゃった。


「陛下?」

「あ、アンリか?」


その見つかった感は、やめて欲しいもんだ。


「気もそぞろなのはわかりますが、もうしばらくすると、謁見の者が…」

「2,3日待たせておけ。俺は今それどころじゃない」


当たり前のように言われる。

しかし、謁見の者は1ヶ月も前から連絡済みなんだよ…。


「しかし、…」


そこへ母上が、陛下の前に立ちはだかるのだ。


「陛下、お仕事を優先しなければ、駄目ではありませんか?」

「そ、それは…」

「さあさあ、執務室へ」


陛下は、母上とお爺様を苦手としている。

いや、苦手というよりも、ご両親を早くに亡くされて、擬似的に重ねておいでるのだろう。

小言を言われても、何処か嬉しそうなのだ。


陛下は孤独であられたんだろうな。

だからリリフィーヌ様の変わりに入れ替わられたカナコ様に愛されて、温かさを知ってしまったんだ。

それを知ってしまうと離れられなかったんだ、きっと。


「いや、そこは、ヴィクトリア殿…、なんだ…」

「陛下、一体いつまでかかるか分からないのです。お仕事が優先でしょう?」

「いや、…」


この部屋は暖かい空気で溢れている。

私でも失いたくない。



その時だ。

泣き声が上がった。


オギャーギャー!


「生まれた!」


と、叫ぶと、陛下はドアの前に立ち尽くしたんだ。

そして、振り返って私達に自慢げに言った。


「この子は利口な子だぞ?俺に会いたくて、今、出て来てくれてたんだからな!」


まるで子供だ。

フィーが見たら、可愛いとか言うんだろうけど、ね。

まったく。


けど、母上が言うには、男親は子供が生まれたら、誰もがそうなるというらしい。

私もなるのかな?

グレイスに嫌われない程度にしよう。


生まれたのは姫君だった。

フィーと同じ紫紺の瞳の姫だ。

一体、どのくらいの魔量を持って生まれたのか…、気になるところだ。







そして、しばらくたった頃、事件が起きた。






「本当ですか!もう一度、言って下さい」


駆け込んできたシュウの部下に、陛下の前ではあったが、そう尋ねてしまった。


「はい、ガナッシュで蟄居中のドリエール殿が、お亡くなりになりました」

「確かなんだな?」

「はい」

「何時頃のことだ?」

「3日前の事です」


陛下は思わず、顔を曇らせた。


「死んだのか?」

「はい」

「死因は?」

「食べ物による中毒死、とのことです」

「そうか…」


無かった事にされたが、一時は王妃を名乗った女性の死だ。

陛下にも、ある種の感慨がおありなのだろう。


「娘がいたな、どうしている?」

「ドリエール殿が暮らしていた屋敷をそのまま相続なさり、穏やかにお暮らしになられてるそうです」

「そうか、考えれば、不憫な子であるな」


ポポロさんが答えた。


「それでも、他国の事です。お気になさらないように」

「そうだな」


冷たい様かもしれないが、ルミナスもあの方の我がままに振り回されたのだ。

係わりあいたくない。


「この件は、カナコには知らせるな」


陛下が意外なことを仰った。


「しかし、他の者からお耳に入ることもございますよ?」

「それは確かだが、」

「どうなさいました?」

「初めてのことで、色々と戸惑っているんだ。今が一番不安定だ」


身内の私も初めて聞かされた。


「陛下、フィーがどうかしたのですか?」

「ハイヒットの者に心配をかけたくないからと、口止めされているんだがな。少し参っている。あんなに完璧主義ではなかったのに、だ。全部独りでやろうとするんだ」

「それでは、お体が持ちませんよ?」

「そうなんだ。だが、なぜか、心配を誤魔化して、結局自分でやろうとする」


あいつは頑固なところがあるからな。


「陛下、ハイヒットの母を呼びましょう。母ならば、フィーも心を開くと…」

「なるほど、それは良い案だ」

「ええ、それに、一度陛下と丘の上のお屋敷にでも行かれたらどうでしょうか?きっと気分が変わって、元のフィーに戻りますよ。あいつは意外に単純なところがありますから…、いえ、口が過ぎました、申し訳ありません」


陛下が苦い顔で笑う。

そこのところは、良くご存知だろう。


「いや、いい。そうだな、美味しいものでも一緒に食べて、時間を過ごそう。その間、娘をヴィクトリア殿にお願いしてもいいだろうか?」

「もちろんです。母にとっても初孫なんですから、喜んで引き受けますよ」

「陛下、アンリ殿のいう通りです。陛下も休暇を楽しんで来て下さいませ。その間に先程の件、私とアンリ殿で調べておきますので」


少し表情が穏やかになられた。


「すまないな。そうさせてもらおう」





まったく、フィーよ。

陛下を困らせるんじゃないぞ?







しかし、あのざわつきが消えていない。

これが原因ではないのか?


シュウの調べは捗っていない。

こんな蜘蛛を掴むような依頼は、難しいだろう。





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