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朝が訪れる。
私とデュークさんの結婚式の日。
空が晴れて白い雲が気持ちよさそうに流れていく。
季節は初夏。
朝早くから、ハイヒットの家はテンテコマイだ。
私といえば、ジョゼの言われるがままに、場所を移動するだけ。
今日は特別だからと、湯浴みをして、体中をオイルで擦られ、洗い流され、クリームを塗られ…。
別の部屋に行くと、アリが待機していて、下着からゴージャスなものに替えられて…。
ドレスを着る前にと、化粧をされて、いや、これはドレスを着てからだと、ドレスを着てから、髪を結われている。
よく見ると、隊長が3人ほどを部屋に配置していた。
「カナコ様、おはようございます」
「あ、おはよう?隊長、どうしたの?」
「護衛ですよ」
「え?仰々しくない?」
「カナコ様の護衛と、後、あの装飾品の警護です」
あ、あの金庫…。
ジャラジャラと入っていたんだよね。
「カナコ様、余所見はしないで下さいね」
「そうです、時間が押してます」
「すみません…」
マリ姉ちゃんがやってきた。
ノンビリしやがって、いいなぁ。
「フィー、おはよう?」
「マリ姉ちゃん、マリ姉ちゃんもこんなに大変だったの?」
「我慢しなさい。妃殿下になろうという人の支度と一緒になる訳がないでしょ?」
「そうなんだ…」
「それだけ、愛されてるのよ?」
「うん…」
ジョゼや、他の侍女は淡々と私を着飾らせてくれる。
座ったり立っているだけでいいんだから、我慢しようっと。
最初のドレスの支度ができた。
純白のウエディングドレスだ。
極々シンプルなデザインで、気に入っているんだ。
アリによると、生地や刺繍がとびきりに極上だから、余分なことをしない方が私の美しさが引き立つんだって。
アリのお陰で、私の美人度は5割増しだ。
これを着て、私はハイヒットの家を出る。
いかん、なんかウルウルしてきた。
お母様が部屋に来た。
「綺麗よ、フィー…」
「お母様、本当に綺麗?」
お母様が笑った。
「フィーは昔からそうね」
「なに?」
「自分のこと、綺麗って思った事がないんでしょう?」
「…、うん」
「どうしてかしら?こんなに綺麗なのに」
それは、私が、リリさんを見たことあるからだ。
リリさんは綺麗だったんだ。
けど、そのことは誰にも言えないんだ。
言いたくないんだよ、なんでか知らないけど。
「綺麗なら、それでいい」
「きっと、陛下も驚くわよ」
「そうかな?」
「そうよ」
そこにお父様が来た。
「フィー?」
「あ、お父様!」
飛びつこうと仕掛けたけど、思い留まった。
せっかくのお化粧が崩れてしまう。
崩れたら、修復不可能になりそうだもの。
「綺麗だな?フィー。それに、よかったな、陛下の元に嫁げて」
「お父様…」
あ、そうだ、嫁入り前の挨拶って奴、やらないと。
両親を前に、ちょっと畏まって、話し始めた。
「お父様、お母様。今まで育てていただいて、ありがとうございます。何不自由なく暮らせてこれたのも、お父様とお母様のお陰だわ。なんの恩も返せないままに、嫁ぐことになったけれども、お父様、お母様に教わったことを忘れないでいきます。これから、陛下と2人で素敵な家庭を気づくことが恩返しだと思って、陛下に仕えるからね?」
「フィー…」
あ、お父様、泣かないで…。
「フィーも泣いちゃ駄目でしょ?」
お母様も泣いてるよ?
そっとハンカチで涙を拭いてくれる。
「陛下と結婚するんだって泣いてた、あの小さい女の子が、とうとう、陛下に嫁ぐのね?良かったわね?」
「うん!」
思わずお母様に抱きついて泣いてしまった。
「あらあら、せっかくのお化粧が…。ジョゼさん、フィーを見てやって?」
「はい、さぁ、涙をお拭き下さい」
「うん…」
差し出されたハンカチで涙を拭いた。
「なんか、ごめんなさい…」
「いいんですよ。こういう事もあろうかと、完璧な仕上がりではなかったのですから」
ジョゼの指示の元、もう一度、私にお化粧がなされていく。
なんか、別人ですけど?
いいんでしょうか?
ようやく支度が整い、用意された装飾品の中から、このドレス用のものを身に纏う。
真珠とダイヤだ。
普通の大きさだけど、半端無い数だよ。
けど、…。
なんか、重い。
「綺麗よ?」
「これで、準備は出来ました。ハイヒット様、出立を」
「ありがとう、ジョゼ殿。素晴らしい仕事だ」
「ありがとう、これで、心置きなく娘を嫁がせることができたわ」
「勿体無いお言葉です」
「いいえ、本当にいつもフィーのことを守っていただいて、ありがとうございます。これからも、よろしくお願い致しますね」
「畏まりました」
出立だって言うのに、マリ姉ちゃん、宝石を触ってますよ?
「わぁ、輝きが違うわ。やっぱり陛下ね、なんか本気が見えたわ」
どんな本気ですか?
けど、いいんだろうか、私にこんなに良い物を…。
急に真顔になったマリ姉ちゃんだ。
「フィー?」
「なに?マリ姉ちゃん?」
「これは全て、フィーのためのものなんだからね?」
「どうしたの?急に?」
「気後れしたら、駄目よ?あなたが宝石を身に着けるんだからね?宝石に着られては駄目よ?」
あ、なるほど。
お姉ちゃん、ありがとう…。
「うん、わかった。大丈夫だよ」
「そうそう、その意気よ!」
「うん!」
「乙女はね、キラキラ輝いて結婚するのよ?いい?」
「うん!キラキラするね!」
そうだ、今日は私の一番嬉しい日なんだよ。
忙しいからって、ボーっとしててはいけない。
マリ姉ちゃんの言う通りだ。
世界中で一番、綺麗でキラキラして、幸せなんだ。
忘れちゃいけない!
この言葉を仕舞って、ハイヒットの家を出た。




