120
おかしい。
物凄く、おかしい。
デュークさんが地下の部落にいって、10日が過ぎたのに、戻ってこない。
なんの連絡もない。
試食会の事件の後、アンリ兄様もポポロも忙しくて、今回の視察には付いていっていない。
最近この2人の内どちらかが必ず同行していた。
それなのに今回は同行していない…。
おかしすぎる。
何か報告はされているんだろうけど、私には届いていないのか?
とにかく、こんなに長い間、離れているのは初めてのことだ。
もちろん、少し前に、一度、ポポロから報告があったんだ。
少し長引くかもしれないって。
どうやら、ずる賢い部族らしくて、のらりくらりと話をかわすらしい。
「そうなの…、しかたないのかしら?」
「まぁ、地下ですから、私達の常識が通じない場所でもありますので。申し訳ございません」
「わかったわ。報告ありがとう。けど、何かあったら、直ぐに知らせてね?」
「はい、心得ております」
デュークさんがその部落に行ってから、今日で10日。
そのポポロの報告以外、報告が来ない。
私は、物凄く心配してるし、不安になっている。
だって、こんな事、初めてのことなんだもの。
何かをする気にもなれずに、思わず、お兄様の力を借りようと思い立つ。
悪いとは思ったけど、アンリ兄様を呼ぶ。
「フィー、どうかしたのか?」
「アンリ兄様、陛下が、出かけたまま連絡もよこさないのよ」
「あ、そうだな、うん」
「変でしょ?」
「もう少し待ってみたらどうかな?」
それも、一理ある。
兄様の歯切れの悪い返事、何かあったか?
なんだろう、この不安は?
「ねぇ、お兄様の配下の方をその部落に向わせて?調べて欲しいのよ?いいでしょ?」
兄弟でも、この仕草には弱い。
苦笑いされた。
「仕方ない、わかったよ」
「ありがとう!アンリ兄様、大好きよ!」
少し、安心しそうになった。
いつもなら、ここにはジョゼがいてくれて、こんな私の不安や愚痴を聞いてくれるんだけど、ね。
まだ本調子ではないんだ。
だから、私は部屋で、本を読んで気を紛らせていた。
昼過ぎのこと。
失礼します、と、ポポロとアンリ兄様が深刻な顔で現れた。
何があったんだ?
「どうしたの?2人揃って?」
2人は互いを見た。
絶対に何かあった。
「何があったの?」
「実は、ですね、今回は電気の交渉の為に出向かれたのですが、長引きまして…」
「その筈なのに、妙なことが起こっているんだ」
妙なことって?
アンリ兄様が報告を始める。
「どうやら、一昨日、あの部落の近くで、魔物征伐が行われたらしい」
「らしいって?」
魔物征伐は、この国のみならず、周りの国でも一番重要なことになる。
計画された魔物征伐はもちろん、突発的なものも、必ず、国に報告される事が義務付けられている。
それは、今後の資料として蓄積していくべき情報だからだ。
なのに?
「報告されていないんだ」
「だって、1時間程度の距離しかない部落でしょ?まだ、報告されていないって?」
「そこです。これは想像ですが、今回の派遣団の中には魔法を使える人間は5名しかおりませんでした。結果、おそらく、陛下が殆どお1人で征伐されたのではないか、と考えます」
「それって?」
「濃銀になられている可能性があります」
なんだと!
「けど、濃銀になったら帰ってくるって仰ったわ?」
「それが、ですね、派遣団20名、全員の居所が掴めないのです」
「え?けど、その部落にはいるのよね?」
「出た形跡がないので、まだ部落にいると思われます。そうなると、おそらく、軟禁されている可能性が…」
なんだよ、それ?
デュークさんの貞操の危機じゃん!
「2人とも、黙ってたの?」
「いや、そう言う訳じゃ…」
「やたらにご心配をかけるのも、はばかられましたので…」
黙ってたんじゃん…。
「カナコ様。事情を踏まえて、私達も動き出しております。しばらくは、このまま、陛下のお戻りをお待ちください」
濃銀のデュークさんを地下に置いておくのか?
そんなの、いやだ。
「ねぇ、陛下が濃銀なんでしょ?地下の女性が、陛下の子供でも身ごもったら、どうするの?」
そうなんだ。
娼館の女性達の避妊は厳しく義務付けられている。
けど、地下の女性は、違うんだ。
むしろ…、だから、嫌だったんだよ!
「何処にあるの、その部落?」
「カナコ様?」
「フィー、私達に、任せてくれないか?」
限界だ。
充分に待った。
それに、魔量なら、私が一番持っている。
「決めた。私、そこへ行くから!」
「フィー、危険な場所なんだよ?」
「大丈夫、なんだったら、雷を落とせばいいでしょ?」
「えっと、カナコ様?」
「ポポロ?私、怒っているの。濃銀になったら、直ぐに帰るって約束したのよ?」
「それは、帰れない事情が…」
どんな事情なんだ?ええ???
「そんな事情があるんだったら、なおさら、よ!」
私はポポロと兄様を無視して、電話をかけた。
「隊長、10人程で地下に行くわ。直ぐに準備して」
「カナコ様?地下ですか?」
「ええ、直ぐよ?」
「畏まりました」
ポポロが、慌てる。
「駄目です!カナコ様が地下に行かれるなど、どんなに陛下が怒られるか!」
「そうだよ、これから向えば夕方になってしまう。危険すぎる!だからカナコ様には言わないでいたんだ…」
「兄様、いえ、ポポロ、アンリ。聞いて欲しいの」
我が侭、だ。
けど、通させて欲しい。
濃銀のデュークさんの理性は少ししか残ってないんだ。
「とにかく、私は陛下に怒っているの!濃銀でも必ず帰ってくるっていったのに、まだ、地下にいるんだもの!」
「どこの部落かもご存じないのに、危ない…、危険です」
「大丈夫よ、ポポロも一緒に来てもらうから!」
「え?」
「兄様、それなら、いいでしょ?大丈夫、いつもの征伐のメンバーで向うから。ポポロ、早く、準備してよ?私も着替えるから」
そうだよ、残念だな、ポポロ。
一緒に来てもらおう!
今日の私は機嫌が悪いんだ!
兄様は呆れた顔をして、どこかに連絡してる。
サポート、頼んだよ!
やっぱり私の我が侭に折れた2人は慌しく準備に入ってくれた。
そうだよ。
デュークさんの貞操は私が守るんだから!




