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私達は、爺の小屋に着いた。
「爺、いる?」
「おお、カナコ様、倒れたと聞いたぞ?」
「もう大丈夫なの」
「そうか?無理は良くないからな、気をつけるんじゃよ?」
「うん、ありがとう」
ニコヤカに笑った爺は仕事の手を進める。
爺は私がお願いしている精米機の試作に追われていたんだ。
毎回瓶で突いているのにも飽きてきたんだ。
「どう?上手くいきそう?」
「仕組み自体は簡単なんじゃが、な。加減がな、ちと、難しい」
隊長がもの珍しげに覗く。
「カナコ様、これは?」
「精米機っていってね、あの玄米の殻を向く機械よ」
「時々、瓶に入った玄米をついて白米にしてることを、機械でするんですか?」
「そう。大量にお米が欲しいときに必要でしょ?」
隊長は塩結びを試食済み。
お気に入りらしい。
目が輝いているんだ。
「私も欲しいですね」
「でしょ?」
「カナコ様に勧められて、米を食べましたが、あの食感がいいです。それに米を食べると力が強くなった気がします」
「腹持ちがいいのね、きっと」
「この国の兵士達のためにも、米は欲しいですね」
「そっか、軍か…」
米もいいけど、お餅も腹持ちいいよね?
餅って、うるち米だったよね?
米の種類が違うだけ?
それに、餅だったら、持ち運びできるしね。
う~ん。
米で餅つけるかな?
いくらなんでも、それは無理か…。
まぁ、マサに聞いてみようっと。
噂をすれば影。
「ただいま、戻りました」
そこへ、マサが戻ってきた。
「あ、カナコ様。ご無沙汰してます」
「マサ、どう?慣れた?」
「ええ、爺様が良くしてくれるんで」
「カナコ様、こいつは真面目で良い奴だ」
「なら、良かった」
元地下にいたマサの評判は上々で、安心してる。
マサは真面目で、何にでも真剣に取り組んでくれるから嬉しい。
自然と爺との役割分担が決まってきたみたいだ。
機械関係は爺。そこに電気系統が入るとマサ。
カフェ・マリーのミキサーはこの2人がいたお陰で完成した。
商業規模の機械なんて、夢のまた夢だと思っていたからね。
「今回のミキサー、姉も喜んでいたわ」
「それは、嬉しいです」
「それと、冷蔵庫。ありがとうね。本当に助かったって」
「それは良かったです」
冷蔵庫なんて、地上にはなかったんだ。
地下にもあることはあるけど、業務用のデカイのはさすがにない。
マサのお陰だ。
もちろん、日本のみたいにキンキンに冷えるはずもないよ。
それでも画期的なんだ。
その内に、ルミナス電化製品研究所も必要になるかもしれない。
「けれども、冷蔵庫はあれが限界でしょうね…」
そうだろうな。
半導体がまだないから、電気とモーターと色々の昔の家電しか作れない。
でもね、それで良いんだと思う。
「これで良いのよ。そんなに便利なものばかり要らないと思う」
「そうですね」
「それより、これからも、よろしくね?マサには色々お願いしたいの」
「私でよければ、カナコ様のお役に立ちたいです。こちらこそ、よろしくお願い致します」
「私もよ」
しかし、驚いたよ。
マサも転生者だなんてね。
事情を知ったとき、私もビックリしたもんだ。
「カナコ様、気になっていたんですが、爺が作っているのって、まさか、?」
「うん、精米機」
「米ですか!」
「あれ?マサに言ってなかったかしら?」
「ええ、聞いてません…。米か…。」
「食べる?少しなら、お米分けてあげられるよ?」
「い、いいですか?」
マサの瞳が潤んでいる。
肝心のマサに米のことを言ってなかったなんて、罪の意識すら感じるよ。
大目に分けてあげるね。
「うん、ガナッシュから輸入してるから」
「ガナッシュから?それは、よろしくお願い致します!」
深々と頭下げられちゃった。
そうだよね、日本人の真のソウルフードだもんね。
「実はね、米を栽培する場所も確保したの。これから人を集めて徐々に栽培をしていく予定よ」
「ご飯が食べられるんですね?」
「うん、マサ。お握りには何入れる派?」
「梅が最強でしょう」
だよね?
塩結びか梅だよね。
けど、ここには梅がない。
「じゃ、その内に、梅干にも手を出したいですね」
「え?梅、あるの?」
「あります、ちょっと森を一つ越えますが」
「そうなんだ…」
私達の頭の中を駆け巡るのは、あの、黒く四角い奴だよ。
「後は、海苔…?」
「海苔ですね」
「あれって、海の中に棒を立てれば、くっつくんだった?」
「少し違います」
あれ?そうだった?
「海水に4本棒を立てて、そこに網を張るんですよ」
「あ!なるほど…」
「そこに海苔がくっつくんです」
そんな気がしてきた。
「なんか、見た気がしてきたわ…」
「日本再発見、的な番組で良くやってましたからね」
「あ~、漁師のお父さん達が色々と語ってた奴だ?」
「そうです、あれを思い出すようにすると、意外になんでも作れそうな気がしているんです」
ふむふむ、私もそこを思い出すように心がけよう。
けど、もう15年も日本から離れているから、記憶もかなり薄くなっている。
「海苔は確か、光合成をする関係で海面からの網の高さが重要になるはずです」
「そうなんだ…。場所と人員の確保だね?」
「そうですね、干す場所と干すための道具も必要です」
また、事業が一つ起きてしまうな。
「そっか、そうやって集めた海苔を、四角く成形して乾かすんだよね?」
「そこは、間違いないです」
温暖で波の穏やかなな入り江がいいな。
そうだ、あの別荘のある海がいい。
小規模なら、人も足りるに違いない。
そう決めた。
「手配するわ、また、相談にのってね、マサ?」
「もちろんです」
マサと私の胸が高鳴った。
郷愁だ。
こればっかりは、マサと私にしかわからない。
「ところで、カナコ様…」
「なに?」
「先日の研究所の所長への就任の件なのですが…」
マサには、今度作るルミナス食品研究所の所長になってもらうつもりなんだ。
「お願いね?」
「いえ、お断りしようかと…」
え?それは、困る。
「あら、どうして?不満があるなら言ってくれていいのよ?」
「いえ!不満なんて、とんでもない」
「じゃ?」
「元々地下の人間ですし、なんの学歴も実績もありません。こんな人間が、急に所長だなんて、無理です。それに、」
「それに?」
「私を引き立てた事で、カナコ様や陛下にご迷惑が掛かります。そんな揉め事に原因にはなりたくないんですよ」
あ、マサらしい。
なんて言えば伝わるのかなぁ。
マサは物を作るのは好きだけど、それを元に商売を始めて儲けようという気がないんだ。
「マサ、私たちが今作ろうとしているのは、私達の頭の中にしかないの」
「そうです」
「私の言わんとすることを、理解してくれる人間はマサしかいないわ」
「カナコ様…」
「それに、これは私の我がままで道楽だと思ってる。だから、少しでも商売に結び付けてルミナスに迷惑を掛けないようにしたいのよ」
「…」
「マサ、地下の出身を気にしてるの?」
「私はそうではないのですが、気にする者は少なくないのです」
いるんだ、マサに嫌がらせをする奴が…、許さん!
「ねぇ、私の忠誠は王とルミナスにあるの。ルミナス領土の中にあるならば、それは地上も地下も同じよ?」
「同じ?」
「そう、同じ。ただ、行儀の悪い人間は地上だろうが地下だろうが、嫌なだけ。そうでしょう?」
「カナコ様…」
「あなたを所長に出来ないのなら、全てを諦めるわ」
「そ、そんな!」
「だって、私1人では無理なんだもの」
マサは、しばらく考え込んだ。
私は待ったんだ。
2人でなければ無理だから。
「わかりました。お引き受けします」
顔は晴れやかだった。
安心した。
「マサ所長、よろしくね?」
「はい、その代わりカナコ様は名誉所長になってくさい」
「名誉所長?」
「ええ、カナコ様が手がける事業なのですから、前面に出ていただきたいんです」
あ、フィーブランド立ち上げか…。
「わかった。詳しい事はポポロと詰めるから。それでいい?」
「はい、よろしくお願いします」
よし、本格的に始動と行きますか。
結婚するまで、待てませんもの。




