103 あなざーさいど19
私は今、ガナッシュの首都にいる。
首都キョウゴウは海に面した都市だ。
ハイヒット商会のガナッシュ店は海に面した場所に建てられた。
隣の男に話しかける。
「カルロス?」
「なんだ?」
「どうだ、マリーは妻として?」
私の隣にいる男、カルロス・フェラーラ改め、カルロス・ハイヒットは目の前の海を見ながら答えた。
「言うのか?」
「言えよ?」
カルロスは私の魔法学院での同期だ。
選抜クラスでも優秀だった。
彼はルミナスの伯爵家の次男で、将来は何処かに婿入りするしかない身の上だった。
「…、最高だよ…」
「それは、良かったな?」
カルロスもそこそこの美形だ。
マリーと並んでもなんら遜色はない。
だけれども、そんな事で、こいつをハイヒットの婿に推薦した訳ではないんだ。
「しかし、ハイヒットは勇気がある」
「そうか?」
「この俺に全てを任すなんて、怖くないのか?」
「私が継いでも、ジャックが継いでも、潰れる時は潰れる」
カルロスは笑う。
「ハイヒットは豪快だ」
「だから、おまえに合っているだろ?」
「まぁな」
おまえしかいないよ。
私を助けるために、たった1人で特選クラスの先輩をコテンパに痛めつけてくれた。
そのおまえなら大丈夫だ。
あれは、忘れもしない、魔法学院2年の時だ。
姉の存在を面白く思わなかった奴等に私は苛められていたんだ。
それは、子供の可愛い苛めというよりも、一つ間違えば死ぬような暴行だった。
そいつらに向って行ったのがカルロスだったのさ。
そう、カルロスがいなければ、今の私はない。
だから、思っていたんだ。
こいつと組んで人生を生きたらどんなに楽しいだろうか、と。
「私はハイヒットを継がないし、ジャックは学院に残った。後はマリーが婿を取るしかない。だったら、おまえしかいないよ」
案の定、父とカルロスは馬が合った。
昔から父は頭が良い奴よりも、とっさの行動が恥ずかしくない人間を好んだ。
カルロスはまさに、そういう人間だ。
「アンリ、これからもよろしくな?」
「ああ、家を頼む」
「わかった」
何はともあれ、この件を成功させなければならない。
全てはそこからなのだ。
私達はガナッシュの王に会わなければならない。
翌日、シュウが戻ってきた。
「若旦那、いいかい?」
いつものことだが、足音一つない。
「カルロスも同席させるが、いいか?」
「若旦那の望むままに」
私は若旦那と呼ばれる。
旦那はお爺様だ。
お爺様の一人娘であった母を娶った父は、男子が生まれたらスタッカードを継がせる約束をしていた。
だから、私はハイヒットではなく、スタッカードを継ぐ。
と同時にお爺様の配下も引き継ぐことになっている。
私とカルロスはシュウの報告を聞いた。
「じゃ、ガナッシュの王は会ってくれるのだな?」
「それは大丈夫だ」
「じゃ、日時はこちらで決よう。そうだな、明日の昼過ぎ、先触れが出た後だ」
「わかった、アチラに伝える」
「カルロス、手土産を決めてくれ。向こうが満足するような品物を、頼む」
「ああ、任せろ」
私は、この交渉の落し所を思案する。
最低限、娘を引き取らせないと、な。
次の日。
私達はガナッシュの王と宰相に会っている。
「娘が迷惑を掛けたと、ルミナスの王に伝えてくれ」
ガナッシュの王は腰が低かった。
私達の先にポポロさんが交渉していたのもあったんだろう。
あの方は、腰が低そうに見せかけて、かなり上から強引に物事を進める。
だから甘く見て対応した人間は痛い目にあってるんだ。
だから、私達は、彼の娘のしてきたことを、正式な書類にまとめ、王の署名入りで渡すだけで良かった。
そして、もちろん、スタッカードの名前も利いている。
「畏まりました。では、ドリエール殿とその姫は近日中にナガートの港に移って頂きますので、船にてのお迎えをお願い致します」
「わかった」
ああ、そうだ、手土産も利いた。
利権書だ。
ハイヒットがガナッシュで商売をするにあたり、その総額の1%を王個人に貨幣で納める。
カルロスも豪快だ。
かなりの金額になるはずだが、平然としている。
定額にしてもいい、と助言はしたのだが、割合でいった方が、これからも優遇されるだろうから、との意見だった。
そうだな、ハイヒットの売上が増えれば増えるほど、王の手元には多くの金額が入る。
腰が低い割りに、嬉しそうなのはこのためだ。
ところが、約束の日に、ドリエール殿は現れなかった。
呼び出しに、慌ててルミナスの城に戻った私を待っていたのは、陛下直々の詫びだった。
「アンリ、すまない。ドリエールは負傷している。俺が魔法を当てた」
「陛下?」
「おまえの努力を無にしてしまうな?」
「いえ、それよりも、ドリエール殿の程度は?」
ポポロさんが答えてくれる。
「右腕肘下からがございません。後、失明なさいました」
「では、歩けるのですね?」
「それは、大丈夫です」
しばし考え込んだ。
「アンリ殿。私もその場にいたのですが、あれは仕方ない出来事でした。本来ならば手当てが間に合う程度でしたが、何者かが魔物を忍ばせていたのです」
「それは誰が?」
「まだ、誰かは分かっておりません」
「そうですか…」
その程度の怪我ならば、言い逃れはできる。
「陛下、引き続き、私にお任せ下さい。必ず、ガナッシュに引き取らせます」
「すまない。頼んだ」
「はっ」
後から、ポポロさんが教えてくれた。
陛下がお怒りになったのは、ドリエール殿が妹のことを酷く貶す暴言を吐いたからだったと。
ならば、仕方がない。
私だって、フィーの悪く言う奴は許せないからな。
さっそく約束の港に戻り、シュウに仕事を命じた。
「シュウ?」
「なんだ、若旦那?」
「ガナッシュに噂を広めて欲しい」
「どんな?」
「ガナッシュの王は偉大だと。不義を働いて婚姻無効になった娘を、そんな娘でも自分の子供だからと手厚く自分が面倒を見る決断をした。そんな王ならば、民にも手厚くしてくれるに違いない。ガナッシュの王は素晴らしい、ってな」
「若旦那、それって、まったくいい話じゃないですよ?」
「いいんだよ、とにかく、娘を引き取る王は素晴らしいと言う噂が、ガナッシュの王の耳に入ることが大切なんだ」
「そんなもんですかね?」
「やってみろ、うまく装飾して広めてくれよ?」
「わかりました。任せてください」
1週間も掛からなかった。
シュウの報告によると、ガナッシュの王はドリエール殿の症状を聞いても引取りを拒否しなかった。
じわじわと効いたんだろう。
民の声は怖いからな。
改めて指定した日に、ナガートに港に現れたガナッシュの船は、ドリール殿とその娘を乗せて去っていった。
しかし、後でフィーが言っていた。
アンリならば、なんとかするだろう、との王の発言…。
信頼されたと、思っておくことにしよう。




