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静寂が支配している時間が訪れている。
私はデュークさんの美しい顔に指で触れながら、その感触を堪能している。
デュークさんも満更でもないんだ。
こんな時間が過ぎるのを2人で確かめ合うのも好きだ。
時間が、落ち着きをもたらす。
私はデュークさんに聞いた。
「教えて。いったい、何があったの?」
赤紅の瞳が悲しみを湛えている。
「何か、か…、そう、魔法を当てたんだ」
「魔法を?」
「俺はドリエールに魔法を当ててしまった」
デュークさんでも、人間に魔法を放つことなど、滅多にない。
やはり、魔法を人間に放つのは銃を乱射するようなものだからね。
後味が良くないんだ。
極力避けるべき行為だ。
なのに、デュークさんはドリエールさんに魔法を当てた。
「ああ、今日、あいつはガナッシュに戻る予定だったんだ。最後にどうしても、俺に会いたいと言っているから、会った。会わなけりゃ良かったんだ。俺を罵るだけなら我慢もした。が、な…」
「何があったの?」
「言いたくない」
頑固だ。
余りの頑固さに私は決断をする。
そう、例の必殺技を繰り出すんだ。
少し頭を傾けて、口角を挙げて、微笑んで…、思いっきり甘い声で言うんだ。
「聞きたいの、駄目?」
諦めたデュークさんは、その手で私の頬を優しく包む。
「カナコ、それは、禁止の筈だぞ?」
「いいじゃない?だって知りたいの…」
「おまえは、やっぱりカナコだな」
「ねぇ、教えて?」
私のおねだりに弱いデュークさんは渋々言葉を続ける。
「おまえの事を、色々言ったんだ」
「私?」
「ああ、生まれ変わるなんてありえない。子供の癖に色香で惑わすなんて、魔物に違いない。偽者が騙っているんだ。ってな」
「偽者…」
「もし本物だとしたら、もっと、気味が悪い。精神を食らって体を支配してるんだろうって、言うんだ」
証明も出来ない話しだものね。
言われても仕方ないよね。
「それで、俺は城の中であったのに、魔法を放ってしまったんだ。ドリエールに向ってだ」
「当たったの?」
「当たった。それをキッカケにして、魔物が出てきた。だから、ドリエールの手当て所ではなくなった」
「誰かが魔物を隠していたの?」
「あのタイミングならば、そうかも知れない。直ぐに、城の後ろの庭で発生したんだ」
城の後ろの庭?
学院じゃん!
それは、大事だよ?
「学院は?」
「半壊だ」
「サー姉様は?皆は?」
「無事だ。心配はいらない」
サー姉様もジャック兄ちゃんも無事なんだ。良かった。
少し安心する。
幕のせいだ。音に気づけなかった。
「壊れたものも、2,3日で直る。それも心配いらいない」
けれども、悲しそうな顔は、変わらなかった。
意外にドリエールさんのこと、気にしてるんだ…。
そうなんだ、きっと。
デュークさん、きっと、そうなんだ。
「デュークさん、あの人のこと、可哀相だって思うんでしょ?」
「どうしてだ?」
「わからない、けど、今日のこと、後悔してる様に見える…」
図星だったみたい。
なんだろう、リリさんの時よりも、ショックがデカイ。
けれど、そのことでデュークさんを責めるつもりはないよ。
これは、不可抗力が重なった不幸な出来事だもの。
こんな切なそうな赤紅の瞳を見たら、何も責められないよ。
「そうかもしれない。五体満足でガナッシュに返したかったな」
そんなに、酷い状態なんだ…。
「どうして、あの人との婚姻を許可したの?」
「…、ドリエールが俺と被ったんだ」
「え?」
「俺に対して、必死に愛を叫ぶ姿が、俺と同じに見えて、哀れだと思ったんだよ」
「そう…」
自虐的に言葉を漏らす。
「やめておけば良かったな、俺は今までの妃は誰も幸せに出来ていない…」
馬鹿野郎!
今度の妃は私なんだぞ?
この私が、幸せにしてみせるからな?
「これからは、違うからね?」
「そうか?」
「そう!私が幸せにしてやるから!」
腕を抓ってやった。
「痛いぞ?」
「へへへ…」
キスしてやった。
素直に受け入れてくれる。
愛がここにありますよ、って、嬉しい。
「じゃ、あの人が今の姿になって、ガナッシュは、怒るの?」
「どうだろうか、けど、アンリは怒るだろうな」
「どうして、アンリ兄様が?」
「ガナッシュと交渉したのは、アンリだからだ」
そうだった。
アンリ兄様はお爺様の家を継ぐんだった。
「次期公爵の仕事としてはいい出来だったのに、俺がぶち壊した」
「デュークさんが、ぶち壊したの?」
「…、そうだ」
苦笑いだ。
アンリ兄様、ごめんなさい。代わりに謝ります。
「どうするの?」
「なるようになるさ。アンリなら、どうにかする。そうだろう?」
「うん、そうだね」
キスしてくれた。
私達は、アンリ兄様に解決を委ねるんだ。
「俺にはカナコがいれば、それでいいから」
「うん」
長いキスになる。
甘い時間になる。
再び、私達は互いに熱を纏うんだ。
デュークさんの囁きは、甘い。
その甘さに乾きを覚えて、私はもっと、求めてしまう。
そして、デュークさんは必ず応えてくれるんだ。
愛してる、よ。
時間を忘れて、私はデュークさんを求める。
だって、凄く素敵なんだもの。
けど、魔物を放った人間は、別にいるんじゃないのかな?
気のせい?




