それでも私は海に出る
一九四三年三月一日。我々が直接鍛えたP-03と04に出動命令が下った。
P-03艇長ヌーバーク・ヘンセン少尉と、P-04艇長 カルヴァン・ランツクネヒト少尉が、その前日、わざわざ『幸運亭』にあいさつに来たのだった。
例によって出撃先は教えられていないが、噂では地中海に派遣される第二作戦群の先駆けとして送り込まれるらしい。
地中海の制空権も制海権も完全に連合国に抑えられており、クレタ島を隠れ家にして、作戦行動を起こす予定だという。
「水着の伊国娘がみえるかもな」
そんな事をバウマン大尉は言っていたが、それだけで顔を赤くしてしまうほど、二人は若くてウブだった。
「見送りにはいかんぞ」
私が言うと、二人はにっこり笑って
「どうせ、出発は真夜中ですからね。年寄りはつらいでしょう」
などと返してくる。
彼らとは、五歳ほどしか違わないが、本当に年寄りになった気分だ。
「気を付けてな」
真顔になったバウマン大尉が、幸運亭の外まで見送りながら、彼らに声をかける。
「糞ヤンクスと糞トミーを殴ってきます」
おどけて、敬礼しながら彼らが夕焼けの海を背後に笑った。そして、肩を組みながら、あの忌々しい『リリーなんとか』を歌いながら、去ってゆく。
我々は、我々が経験した生き残る術を彼らに教えた。改正・交戦規定にも記載されて、後続の者にも伝わっている。すでに、私が彼らにしてやれることはない。
「生きてかえるんだぞ」
私は呟き、バウマン大尉が「判っている」という風に私の肩を叩いた。
これが、この若い二人を見た最後の姿だった。
P-03と04に出動命令が出たということは、我々の出撃も近いというとこだ。
荷造りを始めるよう指示をだそうとしたが、既に我々の乗組員たちは準備を終えていて、いつでも出撃できるようにしてあるようだった。
下士官が優秀だと、士官はやることがなくなる。私はその分、新しい役割である『観測手』としての仕事の内容をおさらいすることに時間を割いた。
シルエットによる艦名判別も重要で、敵の駆逐艦やコルベット艦の艦影集をパラパラとめくり、頭に叩き込むのも重要だ。
また、ここに帰ってくるための縁起担ぎとして、幸運亭では私物をここに置いてゆく習慣があるのだが、私は祖父から受け継いだ小さな聖書を置いて行った。
今回もまた、聖書を置いてゆくつもりだった。
その一方で、今度は生きて帰ってこれないだろうなという漠然とした予感があった。
当方は痩せ細る一方で、相手は大きくなる一方。既に勝敗は見えつつあり、ペンギンなどに頼っていること自体、独国が追い詰められている証拠なのだ。
それでも私は海に出る。
弾がある限り撃ち、燃料がある限り走る。
死んだボーグナイン少尉の問い「意味があるのか?」には、今でも答えは見つからない。
否、既に見つかっているのに、見つかっていないと思い込んでいるだけなのだろうか?




