自沈するP-09
ペンギンは軍事機密だ。
拿捕は許されない。だから万が一のために自沈用の爆薬が船底に隠されている。
巡洋艦と比べても遜色ないペンギンの装甲だが、船底の装甲は無きに等しい。そこをぶち抜けば、浸水してあっという間に海底に沈む。
私は、自沈用のハッチを開け、タイマーをセットする。
そして、微笑みを浮かべたような表情のまま艇長席で死んでいるボーグナイン少尉を見る。
彼を支えていた何かが崩壊する前に殺した。それがいい事だったのか、悪い事だったのか、今は判断はつかない。多分、これからもずっと。
ただ、この十字架は、救えなかった四百人の傷病兵の記憶と一緒に、私がずっと抱えていかなければならないものなのだ。
P-09の前後左右のシュルツェンの留め具を外す。
人工コルクが、収まっていたシュルツェンから浮き上がって、漂流する。
その作業を終えて、私とバルチュ伍長はP-07に飛び乗り、P-09を突き放す。
浮力が弱くなったせいで、重そうにローリングしながらP-09が漂い離れてゆく。
静寂をかき乱すを恐れるかのように、そっとエンジンを起動させて、P-07が離れる。
後部甲板にはバルチュ伍長とバウムガルテン一等兵が立っていた。
私は、ただの穴になってしまったキューポラから上半身を出して、離れて行くP-09を見ていた。
ズシンという音がして、P-09が揺れた。
大きさの割に重いペンギンの沈没はあっという間だ。
バルチュ伍長とバウムガルテン一等兵が、もう水面に浮かぶ波紋しかないP-09の自沈跡に、敬礼を送っている。
私は、瞑目したのみで敬礼はしなかった。私にはその資格がない。
「この戦争は意味があるんですよね?」
若いボーグナイン少尉の言葉が胸に刺さる。本来なら、アルプスの山で高山植物を調査する学者の卵だった。二十歳になったばかり。
彼が本来持っていたはずの無限の可能性は、この凍てつくバレンツ海に消えてしまった。
陣営こそ違えど、駆逐艦の将兵も、勇敢な輸送船の船員も、三分と泳げない凍った海に沈んでいいはずはなかった。
ランデブー地点に向かう。
バレンツ海に面した諾国のフィヨルドのひとつに『乳牛』が潜んでいて、我々はそこで補給を行うことになっていた。
バラバラに散り、この地点を悟られないように大回りして集合することになっている。
このフィヨルドのどこかに、ポケット戦艦や装甲巡洋艦が隠れている。本来、通商破壊の任務は、ペンギンやSボートの様な小型艇の役目ではなく、コソコソ隠れている大型艦艇の役目だ。
しかし、制空権を失った今、鈍重な大型艦艇はいい的になってしまう。
残された大型艦艇の役目は、生き残る事。
どこかに隠れていて、いつか姿を現すのではないか? と思わせる事が、敵の艦隊行動への抑止力になる。
たった、それだけの役目。まるで、張子の虎だ。




