気合を入れろ!
フレッチャー級駆逐艦と二千メートルの距離で殴り合う。
相手を撃沈できなくていい。敵をここに引き止める事。それが、我々の勝利なのだ。
沸騰したかのように、海面が波立つ。ボフォース四十ミリ機関砲L/60の着弾。艦砲射撃より、機銃掃射の方が集弾率が高い。
その機関砲弾を砲塔が弾くのは甲高い音。
機首にある波切り板兼シュルツェン兼フロートが受け止めて貫通力を減衰させた機関砲弾が胴体正面装甲を叩く音は鈍い音がする。
着弾の度に錆止めのペンキが降り、結露が飛び散る。
艦砲射撃の至近弾があると、ガクンガクンとペンギンが揺れ、どこかに掴まっていないと座席から振り落とされそうだった。
装填手のバウムガルテン一等兵の眉間に血がにじんでいるのは、どこかにぶつけたからだろう。
さっきは、照準器に顔面をぶつけて砲手のグラッセン軍曹が毒づいていた。私も何度もキューポラに叩きつけられている。
装填して撃つ。また装填して撃つ。これの繰り返しだ。
七十五ミリ砲弾は唸り、全長百メートルを超えるフレッチャー級駆逐艦の脇腹のどこかに着弾している。
「効いてるはずだ、くそ! 効いてるはずだ!」
罵りながら、クラッセン軍曹が撃つ。硝煙はむせ返るほどで、砲身のスリーブに塗りこめられたグリースが焼ける匂いもする。
ガンガンガンと衝撃音がして、再びペンキ片と水滴が散る。
私は思わず頭を下げて砲塔内に首をひっこめたが、それはまるで、守護天使のささやきに無意識に私が反応したかのようだった。
火花は私のすぐ上で散り、ガラスが降ってくる。鋼鉄のキューポラに機関砲弾がぶち当たり、抉り、持って行ったのだ。
首を出していたら、私は首なし死体になっていただろう。
跳弾の角度が下向きだったら、キューポラから砲塔内に機関砲弾が飛び込んできて、ペンギン内部で跳ねまわり、我々乗組員をミンチにしていただろう。
『幸運の七番』
もしも、この戦闘を生き延びたら、信じてもいい。
呻き声が聞こえた。
「バルチュ!」
私はもぎ取られたキューポラから身を乗り出して、機関砲銃座を見る。
見れば、バルチュ伍長が、頭を振りながら立ち上がるところだった。
「どうした? 負傷したか?」
私の問いに、バルチュは蓬髪になっている自分の頭を撫でた。
「鉄兜が持っていかれました」
キューポラの破片は、バルチュの鉄兜の先端に当たり、それを吹き飛ばしたらしい。
あと、十センチズレていたら……そう思うと、バルチュ伍長がしゃべっているのは奇跡のようなものだ。
「こいつを使え」
私は、鉄兜を脱いでバルチュ伍長に渡す。
バルチュは、カポっとそれを被り、親指を立てる。
私はあきれながらキューポラに這い戻り、座席に収まる。
毛糸の防寒用帽子、その上に軍帽を被る。これで、キューポラの残骸に叩きつけられても、大怪我はしないだろう。
「徹甲弾、こいつで最後っす」
クラッセン軍曹が叫ぶ。また、ガンガンと砲塔に機関砲弾が当たり、我々はまるでブリキの太鼓の中にいりようだった。
「榴弾もあと五発っす」
私の方に振り返ったクラッセン軍曹の顔は、疲労のあまり黒ずんで見えた。大量の鼻血が流れ、それを拭った袖と防寒セーターの前面が血で汚れている。
後ろ前に被った軍帽にはペンキ片が降りかかっていて、結露の水滴を振りかけられ続けた背中は、斑に汚れている。
ひたすら装填を繰り返してきたバウムガルテン一等兵は、眉間の傷を拭うことすらなく、感情が抜け落ちた表情で、機械的にひたすら弾を込め、空薬莢を外に捨てている。
ベーア曹長の動きも鈍くなっており、彼の集中力も尽きかけているようだった。
限界だった。交戦中でありながら、眠ってしまいそうになるほど、我々は疲れ切っていたのだった。
「撃て! 弾がある限り、撃て!」
何発も砲塔に機関砲弾を受けているうちに、どこかで断線したのか、機内用マイクは用をなさなくなっている。
だから、どなった。
ノロノロと、バウムガルテン一等兵が砲弾を持ち上げようとして、よろめく。
「気合を入れろ! クルト!」
バウムガルテン一等兵をファーストネームで呼ぶことが、何か効果ががるとは思えなかったが、私は無意識にそう叫んでいた。
バウムガルテン一等兵が、私を見る。硝煙の煤で汚れた彼の頬には涙が流れていて、煤がまだら模様になっていた。
ガンガンガンと打撃音がして、ペンギンが揺れる。バウムガルテン一等兵は尻もちをつき、砲弾が手を離れて転がってゆく。
私は、座席から飛び降りて、その榴弾を掴み、装填した。
「榴弾装填ヨシ!」
待ち構えていたように、クラッセン軍曹が撃つ。
私の位置からは着弾の様子は見えなかったが、クラッセン軍曹は「命中」と、かすれた声で報告した。
私の横に、榴弾を抱えたバウムガルテン一等兵が居た。
私は無言で彼に位置を譲り、艇長席に戻った。
「榴弾装填ヨシ!」
機械的にバウムガルテン一等兵が言う。
私は、ハッチもキューポラも吹き飛んで、単なる穴になってしまった元・キューポラから頭を出して、双眼鏡を覗く。
突然、眩い光が上がったのはその時だった。




