カタリナ二機との決着
更に喫水線に三発の徹甲弾を撃ち込んだ時、やっとストックトン号の足が止まった。彼我の距離は五百メートル。
危険な距離だった。
やっと、ストックトン号の砲撃も正確さを増してきて、至近弾が多くなっている。
引け時だ。舷側の浸水を止めなければ、ストックトン号は速力を出せない。ここまで叩けば、ほぼ役目を果たしたことになる。
「ストックトン号から距離をとるぞ。取舵一杯!」
ペンギンが回頭する。ストックトン号の副砲の三インチ砲が発砲する。
斜めになったペンギンの、左舷シュルツェンにその砲弾が直撃し、斜め上に跳弾した。
「豚飯の角度か! まさか、狙ってじゃないよな?」
砲手のクラッセン軍曹が言う。『豚飯の角度』とは、射線に対して斜めに車体を向け、意識的に傾斜装甲を作りだし、敵の砲弾を弾きやすくする戦車乗りの隠語だ。
跳弾は、砲塔左側のシュルツェンにぶち当たり、それを引き剥がしながら極夜の空に消えてゆく。
今夜P-07は様々な幸運に恵まれているが、この一撃はその最たるものだろう。
角度によっては、側面装甲をぶち抜かれていたわけで、一発でも有効弾が当たれば、我々はおしまいなのだ。
ストックトン号から距離を取る。よろめくように漂流を始めたストックトン号は、逃げて行くP-07に向かって、艦砲射撃を続けたが、『豚飯の角度』で弾いた一弾の他は我々に有効打撃は与えられなかった。
ストックトン号を掠めて、カタリナが我々を追尾してくる。
機首のブローニングM1919が打ち始めた。
P-07は砲塔を百八十度回転させ、筒先をカタリナに向けた。七十五ミリ砲弾を撃つわけではない。砲塔の正面装甲でペンギンの機関砲銃座守ったのだ。
船舶らしからぬ急角度のジグザグ航行によって、カタリナの機銃は散発的な命中弾しか与えることが出来ない。
シュルツェンにプスプスと穴が開き、初速を減衰された七.七ミリ機銃弾がペンギンの装甲を叩く。
火花と跳弾。
鋼が打ちあう打撃音。
鉄の焼ける匂い。
ペンギンの小さな煙突が不可視の巨大な手で薙ぎ払わたかのように、吹き飛んだ。
カタリナが、我々の頭上を追い越してゆく。
後部ハッチは開いていない。爆雷では我々を仕留められないと、判断したらしい。
砲塔が真後ろを向いているので、正面には機銃銃座がある。
高度を上げつつ、我々を追い越すカタリナの腹に向かって、機銃手のバルチュ伍長が、弾を叩きこんでいた。
カタリナが、左右に機体を振って回避行動をとっている。
どちらに大きく旋回して回避するかの判断は、機銃手の直感に頼るしかない。バルチュ伍長は左と踏んだらしい。
曲がる方向と角度を予測して、二十ミリ機関砲を向ける。
「ドンピシャ!」
思わずバルチュ伍長が声を上げた。予測が当たったのである。
偏差射撃で、カタリナの鼻先に放った銃弾は、主翼の一部を貫通して、双発のエンジンのうち右側のエンジンを撃ち抜いていた。
よろめきながら、カタリナが離れてゆく。それを追尾して銃撃を加えたが、それは当たらなかったようだ。
「目標、ラ・ヴァラッド号! 砲撃用意!」
ボフォース四十ミリ機関砲の銃弾が我々の航跡に着弾していた。
前方に水柱が立つ。
レーダー測距儀で、距離は合わせてくるが、的が小さすぎて命中弾がない。まぐれ当たりの四十ミリ機関砲弾が何発か掠めただけだ。
直撃は今のところ二発だけだ。それで、砲塔の正面装甲が凹んだ。
他のペンギンがどうなっているのか、観察する余裕がない。
P-07は、カタリナ一機を撃墜し、ウィックス級駆逐艦二隻、カタリナ一機に手傷を負わせた。あとは、敵の主力であるフレッチャー級駆逐艦を殴れれば申し分ないのだが……。




