蓄積する疲労と傷ついてゆくペンギン
唐突に火の手がカタリナから上がる。
爆雷投下の直後、バルチュ伍長が機銃射界内にカタリナの後姿を捉えたのだが、そのうちの幸運な一発が燃料タンクに当たったらしいのだ。
ガクンガクンと揺れながら、カタリナは高度を下げ、海面に激突する。時速三百キロメートルで海面に激突すれば、コンクリートの地面にぶつかったのに等しい衝撃がある。
海面をバウンドし、転がりながら、その都度翼や胴体の部品を飛び散らせながらカタリナは砕けてゆく。
七十五ミリ砲が咆哮する。
ストックトン号に着弾の火花。やっと、船首に損傷を与える事が出来た。
これで、だいぶ船足を抑えることが出来るだろう。
増援のカタリナが、仲間の仇とばかりに急降下してきた。
機首の三ケ所がマズルフラッシュに瞬く。ブローニングM1919機関銃。『点』ではなく『面』で攻撃してくる銃火はペンギンの天敵だ。
初速が早い弾丸を至近距離で撃ち込まれると、シュルツェンの中空装甲はあまり役に立たない。
小さな水柱が海面に次々と突き立ち、砲塔の上を横切る。
頭のおかしい小人の妖精が大勢、ハンマーで砲塔を乱打したみたいだった。私は思わずキューポラの中に頭をひっこめ、毒づいた。
雪の様にペンキが降り、砲塔内の結露の水が飛び散る。
ガシャンと何かが割れる様な音がして、見れば機銃手待機場所のベンチ兼道具入れに大穴があき、中のコーヒーメーカーが粉々に砕けているのが見えた。
七.七ミリ機銃弾の一発が、上面装甲を貫通し、ペンギン内部に飛び込んだのだ。
幸運だったのは、その銃弾が跳弾しなかったこと。ペンチの座面を持ち上げると道具入れになっているものが操縦手席の横にあるのだが、そこに銃弾が飛び込み、箱の内部をめちゃくちゃにしただけで済んだのだった。
銃弾のほとんどが、砲塔に集中したのも幸運であった。操縦席上部より砲塔の方が装甲は厚いのだ。
「くそ! くそ! 俺のマイセンのカップが!」
罵りながら、ベーア曹長が舵を切る。ベンチ兼道具箱の中には、ベーア曹長の私物のマイセンの白いカップが収納してあった。
「大丈夫、きっと無事っすよ」
照準器から目を離さないまま、砲手のクラッセン軍曹がせせら笑いながら言う。一歩間違えれば、皆殺しだったのに、こいつらはカップの事なんか言っている。頭がおかしいとしか言えない。
それを、普通に眺めている私も、他人の事は言えないが。
我々の上空を通過し、旋回している間、カタリナ後部銃座のAN/M2ブローニング機関銃が銃撃を開始する。
ペンギンの二十ミリ機関砲が殴り返す。
双方ともに命中弾はなかった。
ヒュンヒュンと頭上を飛び去ったのは、火災を鎮火中のウィックス級駆逐艦レイブン号を庇うように前に出たフレッチャー級駆逐艦ラ・ヴァラッド号のボフォース四十ミリ機関砲L/60の銃弾だ。
予想はしていたが、この機関砲も相当に厄介だ。さすが、最も戦闘機を落している機関砲と言われるだけはある。
ガチンといういちもと異なる鈍い音がして、ペンギンが揺れる。一番厚い砲塔の全面装甲に、四十ミリ機関砲の銃弾が当たった音だ。
装甲は、当たった個所が凹み、衝撃が熱エネルギーに変わり水蒸気があがった。
約二千メートルの距離、そして正面装甲でこれだ。側面装甲なら抜かれていただろう。
艦首に二発の砲弾を受けながら、ストックトン号は果敢に接近してくる。
距離は千メートルを切ったところだろう。
カタリナとラ・ヴァラッド号の攻撃を躱しながら、距離が縮まって更に狙いやすくなったストックトン号に砲弾を送り込む。
艦首喫水線に更に徹甲弾が飛び込んでいった。かなり浸水しているはずだが、ストックトン号は前進をやめない。
一機、カタリナを落して多少楽になったが、それでも操作を一歩間違えれば我々は砕け散ってしまう。
疲労のピークはとっくに過ぎ、我々は気力のみで戦っていた。




