P-07の死闘
カタリナとの短いが激しい交戦の間にも、七十五ミリ砲は駆逐艦を狙っていて、二度発砲しうち一発を命中させた。
二千メートルの距離だ。しかも揺れるペンギンからの砲撃なら、上出来の部類に入る命中率だろう。
バルチュ伍長の対空砲火で、一旦高度を散ったカタリナは、しつこいサメのようにペンギンの周囲を回って食い破る機会を伺っているようだった。
暗視双眼鏡で、カタリナの姿を追う。
見えたのは、後部の搬入ゲートを開けたカタリナの胴体だった。グンと高度を下げてくる。爆雷。私の頭にひらめいたのは、それだった。
「くそ! 爆雷くるぞ! 全力で突っ走れ!」
私はマイクに向かって叫ぶ。
ベーア曹長が、スロットルを絞る。危険なほど右側に傾きながら、P-07が大きくカーブした。
大きな樽のようなものが、カタリナの後部の搬入ゲートから転がり出てくる。まさか、爆雷投下軌条がゲートに設置されているとは想像がつかなかった。しかし、輸送船団随伴型のカタリナは対潜攻撃機でもある。爆雷が投下できるように改造することは、想像できなくもないことだった。
ズシンという衝撃が走った。ひときわ大きな水柱が上がり、風に吹き散らされる。
氷の様に冷たい飛沫が、私と機銃手の上に霧雨のように降った。
「カタリナは爆雷を積んでいる模様、各機警戒せよ」
私は再び無線機で放送する。そろそろ、残り二機も現地に到着するだろう。私の警告が間に合えばいいのだが。
二発の命中弾を受けた駆逐艦の影から、もう一隻の駆逐艦が姿を現した。
先頭の駆逐艦の探照灯に照らされて、艦のナンバーが見えた。
ウィックス級駆逐艦、ストックトン号だった。影になって見えなかった駆逐艦も転針したおかげで特徴あるシルエットが確認できた。四本の煙突。もう一隻もウィックス級駆逐艦だ。
ストックトン号が我々に接近を試みる間、舷側を向けて備砲をすべてこちらに向け、片舷斉射で援護するつもりだ。
ウィックス級駆逐艦は五十口径四インチ砲を四基、二十三口径三インチ砲を一基備えている。その砲口が全て、このペンギンに向けられている。
加速と減速をランダムに繰り返し、接近してくるストックトン号との距離を保つ。砲撃は既に二発の命中弾を与えている艦名不明のウィックス級駆逐艦に向ける。
荒れる海で、全長八メートル弱のペンギンに、三十ノットもの速度で走りながら弾は当たるまいと想定してのことだ。ゆえに、ストックトン号はとりあえず無視する。
我々は撃沈させるのが使命ではなく、修理が必要なほど痛めつけて、艦隊行動から脱落させるのが目的だ。
だから、二発の命中弾を受けた駆逐艦を更に痛めつける。同時にストックトン号を船団から引き離すのだ。
ペンギンの対空砲火が叫ぶ。飛び回るカタリナが邪魔くさい。ペンギンの天敵は航空機だと予想できていたが、その通りだった。
七十五ミリ砲が火を噴く。今度は榴弾だった。舷側を向けているので的は大きく、艦上構造物や二発の命中弾の対処に出ているだろう甲板員を狙ったのだ。
徹甲弾より大きな火花が上がる。鉄片が、艦上で飛び散り、跳ね返るので、派手な火花があがるのだ。
榴弾の直撃を受けた艦上で、五つの砲火が瞬く。一瞬遅れて、砲声が轟く。すぐに我々の軌跡に立て続けに水柱が立った。
やはりレーダー測距儀を装備しているらしい。試射も行わず集中砲火を浴びせてきたのがその証拠だ。
しかし、射撃指揮システムは有効に機能しなかったらしい。レーダー測距儀で割りだした距離と敵の速度を瞬時に計算し、偏差射撃を行うのが当該システムの概要だが、急な変速が出来ない艦船や航空機を対象にしているのだ。したがって、フリッパーターンなどの変則的な動きをするペンギンは予測が難しいのだ。
その結果、距離はドンピシャだが、着弾点がズレるという結果になった。
七十五ミリ砲が反撃を加える。また、榴弾だった。
相手は全長約百メートルの的だ。クラッセン軍曹ほどの名手なら、かなり命中率は上がる。
「フリッパーターン!」
カタリナが二発目の爆雷を投下してくる。調整は浅深度。我々の航路の前に投下して、船底をぶち抜くつもりだ。ベーア曹長は即座に反応した。
船舶ではありえない角度でペンギンが旋回する。腹に響く衝撃。一瞬ペンギンが浮き上がるほどの衝撃だった。
判断が遅かったら、ペンギンの腹はぶち抜かれて、バレンツ海の凍った海に沈んでいただろう。
二十ミリ機関砲が、低空から上昇しようとするカタリナを捉える。至近距離でのブローニングAN/M2との殴り合いになった。
ガンガンガンと砲塔に着弾があり、火花が散る。その衝撃で内部にパラパラとペンキの破片が降った。跳弾が、激怒したスズメバチのような音を立てて暗いバレンツ海に消えてゆく。
上面装甲を保護する追加で付けられたシュルツェンがめくれ上がって脱落し、唸りを上げて私の頭上を飛んで行った。
バルチュ伍長の機関砲は、双発のエンジンを狙ったみたいだが、後方に逸れ、ブローニングAN/M2の銃座周辺に集弾した。
銃座の風防ガラスが割れ、銃撃を続けていたブローニングAN/M2の銃口があらぬ方向を指して沈黙した。
バルチュ伍長は更に弾を送り込もうとしたが、カタリナは急上昇し、バンクして射界から離脱した。




