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トロールの投げた石

 HX-577輸送船団がこのバレンツ海に差しかかるまでの三日間、徹底的にミーティングを繰り返したのは、対空砲火についてと、新しい戦法である長距離砲撃戦についてであった。

 砲手たちは、P-07の砲手クラッセン軍曹を講師に、行進間射撃の講義を、操縦手たちは、P-07の操縦手ベーア曹長を講師に、機体を安定させるフリッパーの使い方や、機体操作中に偶然出来た急角度の旋回、我々は『フリッパー・ターン』と呼んでいるが、そのやり方などを伝授していた。

 機体が傾くほどの角度で旋回すると、内径側のフリッパーが水中に深く没し、外径側のフリッパーは水面から上がる。この段階で、更に内側に舵を切ると、更に内径側の水の抵抗が大きくなり、その場で一回転することになる。そこで、急旋回が始まると同時に逆舵を当てると、まるでVの字を描くように、船らしからぬ挙動をペンギンは見せるのだ。

 それを、航空機からの攻撃を回避するのに使えないか? というのが、ベーアのアイディアなのだった。

 ペンギンは虚をつく動きで、逃げる。航空機は早いが、急には止まれない。そこで機銃で追い打ちをかけようというのだ。

 軽量のフェアリー・ソードフィッシュと比べれば、PBY-1カタリナは鈍重だ。何秒間かは、こちらが一方的に撃てる時間はある。


 援軍の三機のペンギンの艇長はみな若かった。

ミーティングを行っていると、こっちが教官で士官候補生を教えている気分になる。

 そして、彼らの思考は柔軟だった。乾いた大地に雨が染み込むように、我々が実戦で経験した事柄を吸収してゆく。

 彼らの思いは純粋だった。故郷の山河を守りたい。それだけにために、この最果ての海に赴いている。

 常識外の戦力差をものともしない士気の高さがあった。心のどこかで、死ぬことを願っている私が恥ずかしくなるほど。

 アウトレンジでの殴り合い。熟練の砲手たちが居なければ、成立しない作戦だった。

 そしてなにより、ペンギンの機動性、ペンギンの速度、それら全てが試される作戦だ。

 つけっぱなしになっているラジオから歌が流れる。三番までのフルコーラスだった。

 ポップコーンを食べた男の話が、その曲のあとにされた。これは、HX-577の情報であることを示す暗号だった。

 続いて配給制食料の問い合わせ番号が言われた。この数字の組み合わせに、緯度と経度が隠されている。我々は素早く暗号表をめくり、海図上の一点を導き出す。

 そこが、HX-577の現在地だ。なぜ、それが分かるのか、我々は知らない。我々がなすべきは、その地点に敵がいると想定して、今後の進路を予測することだ。

 私が海図のある地点を指差す。

「諸君、ここだ。このあたりに十キロ間隔で警戒ラインを敷く。発見したら、無線封鎖を敗れ。それが戦闘開始の合図だ」

 我々がHF/DFで発見されるのは構わない。Uボートと違って逃げ切る足があるのだから。むしろ、我はここにありと、狼煙を上げた方がいい。我々は注意を引けば引くほど、Uボートが攻撃しやすくなる。

 無線封鎖破りは、ペンギンの威嚇音。

 果たしてトロールの投げた石は、米軍の護衛艦隊に届くのだろうか?

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