待機する我々
銃声が聞こえたので、緊張して待っていた他の乗組員を迎えに行く。
雪がちらつきはじめていたが、風が強いので積もらずに吹き払われてしまうようだ。もっと風が強くなれば、地吹雪になるだろう。
まだ、この海域は極夜が続く。海上は荒れると、数日は続くのが当たり前の場所だ。
航空機による偵察は無い。私はそう踏んでいた。グリーンランドにある航空基地からでも、このあたりは航続距離外。
そして太陽の出ない極夜なら、小屋の煙突から煙が出ていても発見されない。ストーブを使うことが出来るのだ。それだけでも、テントよりはずっとましだ。
乗組員の疲労を蓄積させるぐらいなら、いっそ全員上陸させようと思っていたのだった。
私は、ゴムボートに乗って、P-07と08が隠れている岩場に向かった。バウマン大尉は乗組員といっしょに、小屋の整備にかかっている。
横殴りにサラサラの雪が叩きつける中、留守番だったP-07操縦手ベーア曹長とP-08操縦手のアウグスト・ベックマン上等兵を伴って、小屋に向かう。
珈琲と水、カエルからの差し入れの果物、二日分の食料をダッフルバッグにつめて、小屋への坂道をあがる。
「ここ、ホッキョクグマがいるんですよね」
我々三人の武装は、私のワルサーP38だけだ。
「そうだな」
肩に食い込むダッフルバッグの紐の位置を直しながら、私が答えると、あきれたようにベーア曹長が肩をすくめた。
「武装しないで、危なくないですかって意味で聞いたんですがね」
ホッキョククマの皮は厚い。そして三メートルを超える巨体だ。ワルサーP38の九ミリパラベレム弾では、致命傷は与えられない。
Kar98Kライフルの七.九二ミリ弾でも、急所にでも当てない限り無理だ。MP40短機関銃でホッキョクグマと戦ったという記録は見たことがないのでよくわからないが、やはり勝てないような気がする。
つまり、我々の手持ちの武装では、ホッキョクグマには勝てない。ならば、威嚇して近寄らせないのがベストと言うことになる。
彼らの餌となるゴミを出さないとか、そうしたことに気を付ければいい。
熊にしても、得体のしれない我々みたいな者を相手にするより、セイウチなどを採っている方がリスクは少ないのだから。
小屋の前で、足踏みをして、外套についた雪を落す。
ドアを開けると、内部ではすでにストーブが点けられ、かなり暖かい。
「珈琲をもってきた。湯を沸かして一杯やろう」
床には簀子が敷いてあり、その下には島から集めてきたらしい灌木と地衣類が敷き詰められていた。北方に住む人々の知恵で、これが床下からの冷気を遮断する断熱材の役割をするらしい。
ここで、ペンギンの集結と輸送船団の到着を待つ。
荒れた海を数日渡ってくる輸送船団は疲労が蓄積しているだろう。
大型化して洋航性能がよくなったフレッチャー級駆逐艦とグリーブス級駆逐艦はともかく、排水量千二百トンクラスで、艦の幅が狭いウィックス級駆逐艦の乗組員は毎日シェイクされている気分だろう。
対して、我々はホッキョクグマからの襲撃というリスクがあるにせよ、地面の上でぬくぬくとストーブに当たりながら過ごせる。
これだけでも多少有利というものだ。




