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敗北の霧雨

 アネモネ号とすれ違いざま、至近距離で殴り合った。

我々のSボートは、この短い戦闘で船体に深手を負ったが、エンジンは健在で、操舵装置に故障は無い。

 機関砲二基も潰されはしなかったようだ。

 『まだ、戦える』

 その思いを、護符の様に胸に抱えながら、逆舵を当てるタイミングを見計らっていた。

 アネモネ号と交叉した後、その背後に張り付く。勇敢なテリアが牛の後脚にかみつくように。

 旋回の指示を出す。アネモネ号の航跡に乗り上げて、ガクンガクンとSボートが跳ねた。そして、横滑りしながら真後ろにつく。

 アネモネ号は、こちらがそうするだろうと読んで、回頭する。私は回頭する方向を読んで、船尾に食らいつく位置を保とうとした。

 相手の艦長との先の読み合いなのだが、多少我々が有利である。アネモネ号は輸送船と逆の方向に舵を切りたがらないことが分かっているのだから。

 フラワー級コルベット艦は鈍足だ。効率のいいコース取りをしないと、大きく時間をロスしてしまうのだ。

 ポンポン砲の死角から、船首の機関砲を撃つ。アネモネ号の艦尾から、火花が上がる。我々の銃弾が弾かれているのだ。

 もともと連装二十ミリ機関砲は、対艦戦闘のためのものではない。それでも、撃ち続ける。何としても輸送船の逃げる時間を、我々は稼がないといけないのだ。

 私はこの時、アネモネ号の艦長が老練なベテランであることを、失念していた。それは、致命的なミスだったのである。


 旋回能力ではアネモネ号に勝ち目はない。意表を突く操舵で、我々を出し抜かないと、我々を振り切ることが出来ないのである。

 そういう状況にもっていくため、我々は危険を覚悟でアネモネ号と交叉した。その結果、一方的に銃弾を浴びせることが出来る位置取りが出来たのだった。

 アネモネ号は、こうなる事を織り込んでいたらしい。

 我々が銃撃を開始すると同時に、何と機関を反転させて艦を大減速させたのである。

 追突し、船首が損傷すれば万事休すだ。

 操舵手は咄嗟に舵を切った。私が指示を出さなくても、緊急時は操舵手の判断で回避行動をとっても良い事になっている。

 船乗りは衝突の危険があるとき、必ず右に転舵する。それが海上での暗黙のルールなのだが、それを逆手に取られた。

 アネモネ号は、あらかじめ右舷側面に主砲を向けていたのだった。

 「全速先進!」

 アネモネ号の主砲の筒先から逃れるには、前に出るしかなかった。待ち構えていたかのように、ポンポン砲が向きを変えて銃撃を開始した。

 我々の動きに合わせて、主砲の砲塔が旋回している。ポンポン砲の銃弾が次々と突き刺さってきて、艦橋が穴だらけになった。

 不可視の巨大な拳で殴られたかのように、私は横に吹き飛ばされる。

 ポンポン砲の銃弾が海図台の脚ををへし折って、弾きとばしたのだ。私は飛来する海図台の先に居て、それに激突したのだ。

 「艦長!」

 誰かが叫ぶのが聞こえた。私は軽い脳震盪を起こしていて、それが誰だったのか判別がつかなかった。

 すぐ近くで、落雷に似た轟音が響く。至近距離からアネモネ号の主砲が、我々を直撃した音だった。

 私はズダボロになった艦橋から投げ出され、ひん曲がったデッキの手すりに腰を打ちつけて転がった。

 薄曇りの空から、霧雨が降っていて、私の頬を濡らす。

 気が付けば、我々の機関砲二基は、沈黙していてエンジン音も止まっていた。

 

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