作戦開始
数日間、霧のない晴天が続いた。
北アフリカ戦線に軸足を移した英国、同戦線及び東部戦線で苦戦を続ける独国両方に「今はそれどころではない」ということで、見捨てられた海域となっていたこの北大西洋と諾海の境目にも、頻繁に哨戒機が飛ぶようになった。
カエルが予測していたとおり、複葉機の『便利な買い物バッグ』こと、フェアリー・ソードフィッシュ対潜哨戒機だった。
彼らが捜しているのは、我々だ。殴りまわされた輸送船団の仇をとろうと、血眼になって捜索しているらしい。
こんな時は、巣穴にこもって、隠れているしかあるまい。ペンギンの基本的な対空戦術は、
「二十ミリ機関砲で牽制しつつ、逃げ回って相手の時間切れを待つ」
という、なんとも情けないものなのだから。
ロストックの基地を出て、英国に不法占拠されたフェロー諸島まで、夜陰に紛れつつ二晩かけて到着し、間髪入れず護衛艦隊と交戦したのだ。交代要員のいないペンギンでは、常に緊張を強いられるので、丁度このあたりで休息が必要だった。
輸送船団の情報もないので、フェアリー・ソードフィッシュを理由に骨休めをさせてもらうことにした。
よほど疲れたのか、乗組員たちは殆どを寝て過ごす。
睡眠は最大の癒しでもある。波の動揺に慣れなかった戦車乗りたちも、この頃にはすっかり船乗りと同じように生活できるようになり、普通に眠れるようになったらしい。
私は、艇長席に座り、キューポラに頭を預けて、岸壁の隙間から見える灰色の空をみて過ごした。
情報収集の名目で、ラジオは点けっぱなしにしていた。この隔絶された地において、ラジオの放送だけが世界との接点だったのだ。あのいまいましい、リリーとかいう女の事を歌った歌謡曲が流れるのにはうんざりしたが。
毎日朝方、漁に偽装してカエルが我々の所に来る。
雑談をして、糖蜜でシロップの様に甘い珈琲を飲んで帰るだけなのだが、監視されているようで、気味が悪い。P-08艇長のバウマン大尉は、そんなことは気にならないようで、カエルとはずいぶん仲良くなっている。
私のようなひねこけた男とも友人になるぐらいだから、当然と言えば当然の結果ではある。
ラジオでは、北アフリカ戦線の状況を放送していた。なんとまぁ、連戦連勝の快進撃ばかりだった。つまり、だいぶ情勢は悪いということ。
「多分、来年には押し戻されっす。まぁ、半年もったらいい方っす」
とは、北アフリカ戦線にいたディーター・クラッセン軍曹の言葉だ。粘りに粘って負けても崩れない英国第八軍の支援で、ついに米国が前線に投入されているらしい。
「実戦の数が違うっす。ボンクラの米軍なんざ、相手になんねーっす。でも、結局は物量で押し切られっちまうっすよ。うちは、いつもそうっす」
兵站軽視は独軍の伝統のようなものだ。そして攻めには強いが守りにには弱い。
定例事項の様に、カエルが来る。珈琲と糖蜜は用意されていて、P-07のテントに、バウマン大尉も移ってきた。
カエルは、いつも天候の話題から始めるのだが、今日は違った。
「作戦決行の日が決まりました。今夜です。乳牛から補給を受けると同時に、工作員がペンギンに乗船。そのまま目的地に向かいます」
背中に震えが走る。怯えてではない。武者震いというやつだ。休息は十分とった。そろそろ、ペンギンを走らせたくなった頃合いだった。




