移送任務
「そこで、ペンギンには英国本土に上陸させる諜報員の手引きをお願いしたいのです」
カエルの作戦はこうだ。
夜が訪れると同時に、諜報員を乗せてフェロー諸島を出発する。まっすぐ英国本土最北端のラス岬に向かい、そこで諜報員を降ろす。諜報員は岩登りの道具を使ってラス岬の崖を登る。そのあとは、英国本土内に潜伏している諜報員に合流する。
英国本土最北端のラス岬とフェロー諸島はおよそ四百五十キロメートルほどの距離だ。
ペンギンが全速力で突っ走れば、片道五時間でいける。日の暮れる十八時頃に出発し、明け方に辛うじて帰還できる距離だろうか。
ただし、今の燃料では航続距離がもたない。ペンギン唯一の防備である『機動性』が失われれば、あっという間に叩き潰されてしまう。
「もうすぐ、砲弾と燃料の補給が行われます。その際に、諜報員も一緒に来ますので、その時に改めて」
カエルはそういうと、漁船に乗り換え、岩場から離れた。
補給を具体的にどうするのかという謎は残ったが、どうやら大事な諜報作戦に加わらせるほど、ペンギンの評価は上がったということはわかった。
補給の問題は、P作戦当初から指摘されていた問題だ。砲弾が特殊すぎて、代用がきかないのが補給を難しくしている。燃料は海軍で、弾薬は陸軍と、ペンギンはお役所仕事泣かせの兵器なのだ。
それが、あっさり解決したのは、先日の護衛艦隊との戦いが有利に進んだのが影響しているに違いない。
P作戦に消極的だった海軍総司令部のレーダー元帥を追い落とすため、近年劣勢を強いられて発言力が無くなってきたUボート戦隊の指揮官デーニッツ中将がP作戦を推奨して失地回復を計っているという噂もある。
我々、大尉風情が雲上人の政治的な争いは関係ない。円滑に補給をしてくれれば、それで満足だ。また、敵を叩くことが出来る。
「デーニッツか……『乳牛』だね」
私が言うと、バウマン大尉は唇を歪めて、声を出さずに笑った。
「誰かが、デーニッツの耳元で、囁いたのだろうね」
狼たちの元締めの耳に誰が何を言ったのか知らないが、そのネタもとは間違いなくカエルだ。本人は、決して認めないだろうけど。
輸送作戦に窮した独国海軍は、秘匿性の高いUボートにその任を任せるという大胆な作戦を企画し実際に運用していた。
雷撃能力を一切なくし、物資の輸送のみに特化した大型のUボートを作ったのである。正確には、ペンギンと同じように、製造途中だったUボートを急遽輸送用に切り換えた代用品であった。愛称を『乳牛』という。
昼間は潜航と浮上を繰り返して、哨戒艇や哨戒機の目を避け、夜間に浮上し航行する。運べる物資は少ないが、確実だ。
ペンギンの様に、収容能力に限りがある小型艇はこまめな補給が必要なので『乳牛』とは相性がいい。
その乳牛に英国本土に潜入する工作員が同乗していて、我々が移送任務を引き継ぐというプランだろう。
護衛艦隊を叩く作戦がペンギンの火力を試す実戦テストなら、今回は機動力と隠蔽性を試す実戦テストになりそうだ。




