カエルの諜報戦
苦戦を続ける独国の東部戦線。
これは、兵站の失敗に起因する。厳しい露国の冬に備えなかった見通しの甘さも苦戦を助長している。
兵隊は「畑でいくらでも増える」と揶揄された、人間を使い捨てにする露国の乱暴でなりふり構わぬ戦っぷりも、独国では理解できない代物だった。
貧弱な装備で、決死の突撃を繰り返す露国の兵士。まさに、明日をも知れぬ戦場だ。逃げる事はゆるされない。督戦している共産党の原理主義者が、逃亡する友軍を掃射すべく機関銃を構えているのだ。
露国の兵士を突き動かしているのは、愛国心ではない。恐怖だ。
だから、露国の兵士は占領地で略奪を繰り返す。女性は乱暴され、殺される。男は単に殺される。家畜の様に。共産党はそれを黙認しているきらいはある。「兵士にも娯楽は必要だ」とほざいた幹部がいたという噂はほんとうだろうか?蹂躙された国はたまったものではない。
露国に援助の手を差し伸べる英国や米国はそれを助長していることになる。暴行事案は、米国も露国と似たり寄ったりではあるが。
我々は祖国を守る。「千年王国」とかの夢物語のためではない。あれは画餅だ。ちょび髭の伍長とその信奉者たちだって、本気で信じている訳ではあるまい。本気だったら、正気を疑うレベルだ。
祖国の山河。大切な人たち。それらが蹂躙されるのを黙ってみているわけにはいかない。その思いだけで、我々兵士は戦いに挑む。それは、山賊のような露国の兵士も、傲慢で乱暴な米国の兵士も、わが国の兵士も変わらない。
諜報戦を戦うカエルもまた、軍服を着ていないだけで、これも一個の兵士である。彼らがもたらす情報で、戦局が変わることすらあるのを考えると、有意な情報は師団クラスの兵力に匹敵すると考えていい。
今夜、カエルが我々の隠れている岩場に来たのは、その諜報戦にペンギンが使えないか、打診するためだ。
カエルたちは、大規模な反攻作戦が計画されている動きを掴んでいて、その計画の詳細を掴むべく活動していたのだ。
「英国沿岸の警戒レベルが格段に跳ね上がっている。基地の建設もあちこちで行われていて、特に米国軍の駐屯が増大した。このペースでいくと、来年には百五十万人の規模の将兵が、英国に入る計算だ。何が目的なのか、探り出さないといけない」
カエルは、糖蜜をたっぷりと入れてシロップの様に甘くした珈琲をすすりながら言う。見ているだけで、胸焼けがしそうだ。
「それと、ペンギンは、何か関係あるのかい?」
バウマン大尉がストレートに聞く。軍人らしい実直さだ。カエルは苦笑を浮かべて、「続けてもいいか」と身振りで問う。バウマン大尉は米国人のように大げさに肩をすくめ、身振りで「どうぞ」と返した。
「我々は、カレーからブレストにかけてのどこかに、上陸作戦があると踏んでいる。常識で考えれば、英国に最も近いカレーかダンケルクだが、そこは防備が硬い。それ以外の場所のはずなのだが、まだ絞れていないんだ」
カエルが珈琲を飲み干す。そしてハンカチでお上品に口を拭い、ご馳走様といった。
珈琲豆を持ってきてくれたのはカエルで、我々は淹れただけなのだが。
「いよいよ伊国のムッソリーニ政権が危ない。北アフリカの『アフリカ軍団』も撤退を始めている。万が一伊国が降伏したら、今度は仏国解放に駒を進めるだろう。その状況で、上陸作戦を成功させてしまえば、我々は三方から包囲されることになる。それは避けたいんだ。事の重要性はわかってくれたかい?」
アフリカに手を出したのは伊国だ。そのくせ、自分で始末がつけられなかった。そこで、独国は準備不足のまま、北アフリカに軍を送らざるを得なくなったのだ。
その結果、兵站が機能しなことになり、名将ロンメルが指揮する軍団をもってしても、結局攻めきれないことになる。
そのうえ、伊国がいち早く白旗を上げれば、アフリカ軍団は完全に干上がる。今のうちに退路を確保しようと後退するのは無理のないところだ。
アフリカ軍団出身の砲手ディーター・クラッセン軍曹が、海軍と伊国を罵るのはこういう背景があるのだ。




