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交戦開始

 十五分という時間を稼ぐ。

 どのみち、敵の航空機が到着した時点でゲームオーバーなのだ。経験上、最寄りの敵の航空基地からの緊急発進で、この海域への到着時間はおおよそ十五分。

 そうなれば、味方航空機の支援もなく、対空兵器も積んでいない輸送船は撃沈される公算が高い。

 だから、今のうちに一メートルでも海岸に近づくことによって、仮に撃沈されても陸に泳ぎ着けるチャンスを大きくする。

 輸送船の船長はそう考えているはずだ。ただし、アネモネ号が追尾し砲撃を加えてくると、それすらもできなくなる。

 我々が、無謀な戦闘を行うのは、この絶望的な状況で、ほんの僅かでも輸送船の船長が賭けた『勝ち目』を見出すためであるのだ。

 ヤンセンは副長として、この哨戒艇を危険にさらそうとする私を諌めることが出来た。だが、それをしなかったということは、腹をくくったということなのだろう。

 私は、双眼鏡でアネモネ号の主砲を見ていた。仰角が高ければ輸送船狙い。低ければ我々を狙っているということ。

 操舵手は、訓練通りにジグザク航行をするべく、身構えている。我々の武器はその機動性しかない。

 アネモネ号の船首にある主砲が下を向く。生意気にも立ち向かってくる、ちっぽけな船を吹き飛ばす気になったらしい。

 「ジグザク航行、開始!」

 カラカラと舵輪が回る。Sボートの船首が波を切り裂いて、派手なしぶきが上がった。砲撃指揮所は水をかぶっただろう。口の悪い機銃手のハンスは毒づいているはずだ。

 まるで太鼓を叩いたような音が響く。アネモネ号の主砲、Mk.Ⅸ 百二ミリ単装砲の砲口からぱっと煙が上がる。

 Sボートのすぐ横で着弾の振動とともに水の柱が上がった。このまま直進していれば、多分命中していただろうと思わせる、正確な砲撃だった。アネモネ号の『古強者』の仇名は伊達ではないということだ。

 「射撃開始!」

 私はマイクに向かって、そう命じた。アネモネ号の砲撃は、本気で叩き潰すぞという意思表示だ。当方は、あくまでも戦闘を継続するのだという態度を見せなければならない。

 軽快な連装二十ミリFlak C/30の射撃音が間髪入れず響く。この距離ではたとえ命中してもたいした被害を与える事は出来ないが、相手に「生意気な」と思わせる事は出来る。

 それで、こっちに注意を向けてくれれば、しめたものだ。

 アネモネ号が舵を切る。こちらに対して左舷を見せる形だ。意図はわかる。主砲のすぐ後ろと船尾に一基づつあるQF2ポンド砲を砲撃に参加させるためだ。

 その射撃音から『ポンポン砲』と呼ばれるこの四連装の機関砲は本来は対空兵器で対艦戦闘には向かないが、Sボートのような木造船なら、バラバラに分解できる火力がある。

 アネモネ号の艦長は、片舷斉射で銃弾の雨を降らせ、一気に片を付けるつもりらしい。

 私は、船首をアネモネ号に向けてなるべく標的を小さくし、狙いを絞らせないよう、ジグザク航行を続行させた。

 連装二十ミリFlak C/30は、継続的に射撃を続けている。海水をかぶった銃身から、水蒸気が上がっていた。

 アネモネ号の主砲が旋回する。

 ポンポン砲二基の八つの銃口はすでにこっちを向いていた。

 「来るぞ!」

 思わず、身を低くしたくなる衝動を、やっとの思いで堪える。

 ピンチの時、兵士は士官の姿に自分の運命を占うものだ。だから、精々のんびりと双眼鏡を覗く姿を見せたつもりだが、うまく私の恐怖は隠せていただろうか?

 

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