フグロイ島の岩場
本来は丁国領土だが、本土防衛の名のもとに英国に不法占拠されたのがフェロー諸島だった。
領事を置き、移民を推奨し、移民を優遇して地元民を圧迫するのは、大英帝国の統治の定石で、ここフェロー諸島でも例外ではない。
自治を求める運動はあるが、慎重にやらないと軍事力の介入を招き、逮捕や国外追放など、英国のやりたい放題になる。
今、表向きフェロー諸島が平穏なのは、独国への攻め口が中立国が多い北欧方面から地中海方面へと移ったためで、現状維持で良しとする方針に変わったからだった。
もともとの住民には、英国によって不当に剥奪された漁業権などの不満があり、それは自治独立運動につながっている。丁国統治の間も独立運動はあったようなので、元来、独立不羈の気概がある人々なのだろう。さすが、バイキングの末裔だ。
フェロー諸島は大小合わせて十八の島々からなる。荒涼な岩場が多く海岸線は切り立った崖が殆どだ。
我々は、英国軍が駐留する諸島の首都島の首都トースハウンがある最大の島であるストレイモイ島を避け、大きく北側を回った。
目的地は、わずか十一平方キロメートルしかない島、フグロイ島だ。
フェロー諸島の北東の端に位置するこのハート型をした島は、人口わずか四十数人という島で、独国のスパイがこの島の住民として紛れ込んでいるらしい。
我々は、その人物から情報を得、水や食料の補給も受ける。さすがに、弾薬や燃料の補給はできないが、斬新な補給手段があるとロストックP作戦基地の補給担当士官のライマー・ゲーアハルト大尉は言っていた。詳細は話してくれなかったので、何がどう斬新なのか不明なのだが。
北大西洋と諾海の海流がぶつかるこのフェロー諸島は、このあたりにしては冬季は比較的温暖らしい。
ただし、海のうねりは大きく、切り立った崖は波の浸食によるものだろう。深海から海面への、いわゆる『縦の海流』も多く存在し、良好な漁場を提供するが、その反面霧も多い。
岩礁の多い地形でもあるので、霧が多く発生する冬季は漁師たちは命がけで海に出る。英国から来た漁師たちは、この海の特性を知らないので、怖がって冬季はあまり漁に出ない。
そういう意味では、ペンギンにとって好都合だった。
命令書には、このハート型のフグロイ島の窪んだ部分に隠れる場所があると書かれていた。
喫水が浅いので岩礁帯には強いとはいえ、我々は慎重にフグロイ島に接近した。
海上にはフェロー諸島の冬の風物詩である霧が発生していて、その白き裳裾に隠れるようにして、我々はフグロイ島に接岸したのだった。
丁国北端のスカーゲン岬でしたように、岩の隙間を見つけ、そこに入り込む。小型で喫水の浅いペンギンならではの芸当だ。
少しでも動揺を抑えるため、P-08と舷側をくっつけて係留し、テントを組み立てる。
我々はここでフグロイ島に潜伏しているスパイの接触を待つことになっている。
比較的温暖とはいえ、ここは氷国にも近い北の海だ。やはり風は身を切るように冷たく、霧はじっとりと我々の体を濡らし体温を奪ってゆく。
かじかんだ手で支える双眼鏡に黒い影が見えたのは、ランデブーの時間きっかりの頃だった。
霧の中から浮かんできた小型の漁船は、手順通りに発光信号を出していた。我々が、どこの岩場に潜んでいるのかわからないので、巡回しながら発光信号を岩場にむけているのだ。
私は、手持ちの発光信号機を出して、信号を送る。
漁船から受信応答のサインが出た。漁船はゆっくりと我々の隠れている岩場に接近してきたのだった。




