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夜明け前

 キューポラのハッチを閉め、灯りが漏れないようにしてから、私は航海日誌を書いた。交戦の記録をつけないといけないのだ。

 一九四二年十一月二十二日午後十時十四分に探照灯を見つけて、十時三十二分には敵哨戒艇は撃沈されている。わずか十八分。そんなに短い戦闘だったかと驚く。

 今は、哨戒艇との遭遇地点よりだいぶ北上し、有名なノールフィヨルドの沖合十キロメートルのところを航行している。

 そこから、西に転針し、北海と諾海の境目あたりを往くと、氷国と諾国の中間あたりに我々の目的地フェロー諸島がある。

 P-07とP-08は、ほぼ直角に進路を西に変え、一路フェロー諸島を目指す。想定外の遭遇戦があったが、当方の被害はなく、航海は概ね順調であった。

 ラジオのスイッチを入れる。あの忌々しい恋歌は流れなかった。今夜はUボートも波の下で静かな夜を迎えることが出来るのだろう。

 ハッチを開けて、キューポラから頭を出す。空は白みかけてきていていたが、まだ中天には星が見えた。

 諾国の沿岸からだいぶ離れたので、氷河の影響から脱していて、切なくなるほど空気は澄んでいた。

 ほんの数時間前、この海上で殺し合いが行われたなど、とても信じられないほどだ。

「オーロラは見えますかね」

 装填手のクルト・バウムガルテン一等兵が、欠伸をかみ殺した様な声で話しかけてくる。

「氷国では見えるそうだから、ここでも見えるんじゃないかな」

 私は、オーロラの事など全く考えていなかったので、なんだか不意をつかれたようで、少し慌てた。

「自分は、まだオーロラを見たことが無いので、楽しみです」

 彼は兵士だが、二十歳そこそこの青年でもある。戦争がなければ、バックパックを背負って、どこにでも行けただろうに。彼は『戦争』と言う仕組みのせいで、可能性を狭められてしまったのだ。オーロラを見にゆくという自由すら今は無い。

「もし、見えたら起こしてやるよ。今は、休め」

 私がそう言うと、クルト・バウムガルテン一等兵は硬い装填手用の座席で楽な姿勢をとった。

「失礼して、そうさせて頂きます」

 その宣言の十秒後には、もう寝息を立てている。私は掛布団代わりに彼が体に巻きつけている外套を引き上げてかけなおしてやる。

「まだ、ガキなんすよ。こいつ」

 眠っていたとばかり思っていた、砲手のディーター・クラッセン軍曹が口を開く。

「俺や大尉殿みてぇにスレっ枯らしじゃねぇから、こんな戦争で死なせたくねぇっす」

 同感だった。平和な時代になったら、オーロラでもなんでも自由に見に行けばいい。

「そうだな。私は、誰も死なせたくない」

 そんな私の呟きを聞いて、ディーター・クラッセン軍曹が鼻でふふんと笑う。

「大尉殿は、自分らに興味がないのかと思ってましたぜ」

 そんなことはないと言おうとしたが、声が出なかった。私は、彼らを単なるペンギンを稼働させるための『機能』として見ていないか? そんな疑問が頭をよぎったからだ。

「まぁ、そういう正直なトコは、嫌いじゃないすけどね」

 会話はそこで途切れ、私は話の接ぎ穂を失った。

 目を転じると、遠く見える黒々とした諾国の山並に太陽が見えた。夜明けだった。

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