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狙いが付き次第撃て

 シェトランド諸島に最も近い諾国の都市がベルゲンだ。

 独国への海上封鎖に協力しなかった諾国に、英国は様々な圧力をかけた経緯がある。意図的な領海侵犯はその一環で、最前線基地になったのが他ならぬシェトランド諸島だった。

 北アフリカで英国が苦戦すると、このあたりの兵力を維持できなくなり、圧力は和らいだが、関税を吊り上げたりする経済制裁は続いている。

 そうなると、暗躍するのは密輸。こんな荒天に哨戒艇で出るということは、密輸船の追跡しか考えられない。我々は、運悪くそこに遭遇してしまった。

 海面を嘗めるように、探照灯がなぞる。まだ、我々は見つかっていないが、発見されるのは時間の問題だ。

 荒天と海上の靄に紛れて逃げるという選択肢はある。

 ただし、発見されて追跡などされると、正体不明の艦艇がフェロー諸島方面に逃げたという報告が上がってしまう。

 我々の正体は、出来るだけ隠しておきたいので、運を天に任せるのはリスクが大きい。フェロー諸島はノーマークのままにしておきたいのだ。

 ならば、採るべき手段は一つ。海に潜む妖魔のように、あっという間に哨戒艇に襲い掛かり、何が起きたか理解する間も与えずに叩き潰す。ペンギンは、それが出来る機体なのだ。

 冷え切った機体にうっかり触って、手の皮をべロリと剥がしてしまわないよう手袋をした手を見る。

 それは、拳銃を持つ手だった。殺したり、殺されたりする手。

 この、極寒の海に投げだされたら、まず助からない。低体温症で死ぬ。

 哨戒艇を叩くということは、皆殺しにするということなのだ。

 約四百人の戦死者の名前が書かれた名簿を思い出す。私は、あの殺戮の場にいて、生き残った。そして、殺したり、殺されたりするように訓練をうけたのだ。このペンギンで……。

 私の逡巡はほんの刹那だった。

「総員戦闘配置」


 私に注目し、ピリピリとしていた乗組員たちは、一斉に動き出した。

 操縦席の右隣の待機席にいた機銃手のエーミール・バルチュ伍長は、鉄兜を被りながら、ハッチをあけて外に出る。そして、砲身の中に海水が入らないように砲口に嵌められていた木栓を引き抜き道具箱の中に納めた。

 危なげなく右舷のシュルツェンの上を走って、連装二十ミリFlak C/30 機関砲の銃座についた。

 銃座内のケースに納められたライフジャケットに袖を通し、機関砲の固定具を外して、左右に銃身を振って滑りを確かめていた。今回は機関砲の出番はなさそうだが、交戦規定に定められた手順に従っているのだ。

 私の右斜め下にいる装填手のクルト・バウムガルテン一等兵は、砲弾倉から砲弾架へ七十五ミリ砲弾を移している。

 砲を挟んで装填手の反対側にいる歴戦の砲手、ディーター・クラッセン軍曹は、軍帽を逆にかぶり直し、照準器を覗いていた。

「狙えるか?」

 と言う私の問いに、相変らずのベルリンの下町なまりでディーター・クラッセン軍曹はこう答えたのだった。

「誰に言ってんすか? モチのロンっすよ」

 探照灯の明かりが近づいてくる。

 私は、P-08との無線機のマイクに向かって

「戦闘開始。狙いが付き次第撃て」

 と言った。そして、時計を見る。夜の十時十四分だった。

「弾種徹甲」

 ディーター・クラッセン軍曹が砲手席のマイクに向かって言う。これは有線のマイクで、装填手と艇長とダイレクトにつながっていた。

「装填完了」

 初弾は徹甲弾を要求してくるのを装填手のクルト・バウムガルテン一等兵は予測して準備していたのか、素早い装填だった。だいぶクラッセン軍曹に鍛えられたらしい。『陸軍式の教育』の賜物だろうか。

「一発目、当てるぜ……」

 ハンドルで、砲塔の向きと仰角を微調整しながら、クラッセン軍曹がつぶやく。

 そして、床のペダルを踏んだ。

 砲身の横につけられた、同軸機銃がタンと軽快な音を立てた。曳光弾が、哨戒艇がいると思しき方角に飛ぶ。そして、ペンギンの七十五ミリKwK L/48戦車砲は、およそ百メートルの距離にある哨戒艇に咆哮を上げたのだった。




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