迂回ルート採択
丁国、典国、諾国の三国に囲まれたスカゲラク海峡を越えるともうそこは北海だ。
我々は何事もなく、スカゲラク海峡に突き出たスケーエン岬に到達した。
長い長い時間をかけて波と風によって浸食され、まるで細長くて鋭い猫の爪のような形で突きだす丁国最北端のこの岬は、典国、諾国が北欧の範疇に入る事もあって、欧州の最北端でもある場所だ。
その岬を、予定の時間通りに通過する。
岬の内側と、北海側では、まるで海の表情が異なる。外洋のうねりになるのだ。スケーエン岬は、内海と外洋の顔を同時に見ることが出来る、珍しい地形であるといえる。
陽が昇るまでの間、スケーエン岬の根本にある荒れた岩場を見つけ、ペンギンをそこに隠した。Sボートよりも更に小さいペンギンならではの芸当だ。
喫水が浅いので、奥まった所まで入りこむことが出来るのも利点である。
さっそく、新しい装備であるテントを組み立ててみる。
二メートル四方の空間に、三本の折り畳みベンチが川の字に並ぶようになていて、中央のベンチは長テーブルの代用品となる。就寝時は、三本のベンチがそのまま簡易ベッドとして使う。
一人は当直で艇長席のキューポラに座り、一人はペンギン内に待機となるので、ベッドは三つあれば事足りる。
テントの天井はそれほど高くない。屈んで歩かないといけないのだが、狭苦しいペンギン内部にいるより、ずっとマシだった。
エンジンルームからの排熱で、床から熱気が上がってくるので、寒風吹きすさぶ北海でも、テント内は結構快適だ。
P-08と横に並んで係留する。互いのシュルツェンがぶつかって傷つかないよう、古タイヤを利用した防舷材を噛ます。訓練の甲斐があって、戦車乗りたちも、手早く「もやい結び」が出来っるようになっていた。
私は、身軽にP-08に飛び移り、彼らのテントにお邪魔した。打ち合わせの予定があるので、テント内にはバウマン大尉いだけがいた。『幸運亭』の女将のクラーラに持たされた、ミント茶が湯気を上げている。
「エンジンに水筒をくっつけておくと、飲みごろのお湯が出来ますぜ」
私はベンチに座り、遠慮なく足を伸ばした。ずっと、艇長席に座っていたので腿も膝もこわばっていて、ぽきぽきと骨が鳴る。
「やれ、ありがたや」
そう言って、凍えた手を温めながら、マグカップのお茶を飲む。
「おっさんくさいなぁ。その言い方」
バウマン大尉が笑いながら、そう指摘した。私は、身振りで「ほっとけ」と意思表示する。
「フェロー諸島だって。作戦本部も大胆なことをするね」
もともとは丁国領だが、今は英国が接収している場所だ。記録が正しければ、そこには通信基地と防衛のための海兵隊一個大隊、かつての私の乗艦だったSボートのような旧式の小型艇も四隻ほど保有しているはずだ。
「我々は、英国の喉元に突き付けられた匕首だよ。せいぜい怖がらせてやるさ」
バウマン大尉が手持ちの海図を広げる。フェロー諸島に向かう途中にシェトランド諸島がある。ここは古くから英国領で、空軍の偵察中隊が駐屯しているらしい。
「航空機に見つかったら面倒だ。大きく諾国側に寄って大回りしよう。安全策をとりたい」
私はそう提案した。シェトランド諸島とオークニー諸島の間をすり抜けるのが目的地に向かう最短距離なのだが、英国本土に近い事もあり、警戒が厳重なのと、機雷敷設の噂もある。
機雷はUボート対策で、喫水の浅いペンギンでは磁気機雷は反応しない。 なので強硬策も悪くないのだが、私は性格上リスクを回避する傾向があった。
「まぁ、初陣だし、慎重にいくのは良いと思うよ」
バウマン大尉も私に同意し、大きく迂回するルートが採用された。




