最終艤装にはいったペンギン
拳銃を一発ぶっ放して混乱を収めて以来、操縦手のコンラート・ベーア曹長と砲手のディーター・クラッセン軍曹のいがみ合いは鳴りをひそめたようだった。
これはなにも二人が和解したわけではなく、私という存在が二人の間を隔てる障壁の役目をしているだけであって、つまり、根本的な解決には程遠い。
あっという間に乗組員同士が打ち解け、嬉々として訓練を続けているエーリッヒ・バウマン大尉が艇長を務めるP-08とは、私のP-07は対照的な雰囲気だと言っていい。
常に、ピリピリした状態なのだが、私は別にそれで構わないと思っていた。無気力にダレるよりはよっぽどいい。
一通り、訓練兼テストを終えたペンギンは、再びドッグに収納された。
テスト結果を反映させ、多少の改良を加えるらしい。
操縦手の視界だが、防弾の視察クラッペが廃止され、強化ガラスに変更された。ここから、銃弾が飛び込めばペンギン内で跳弾が乗組員を挽肉にしてしまうが、戦車と異なり『揺れる海上』『高速機動』という点に鑑み、わずか二十センチ×三十センチの窓にピンポイントで命中させるのは至難の業であるとして、防御力より視界を優先させたというわけである。
ペンギンが沈まないためのフロートにも改良が加えられた。ペンギンの本体の前後左右に付属するフロートは、飛行艇のフロートと同様、単なる鉄の箱だったが、銃弾を受けてフロートが浸水した場合、ペンギンの利点である航行能力が著しく低下することが予見された。
そこで、フロート自体を見直し、最新の技術である『人工コルク』を、フロートの中に詰めることになったらしい。『人工コルク』は、耳慣れない物質だが、技官のカール・フェルゲンハウワー中尉の説明によると、「気泡をコルクの様に閉じ込めたもの」らしい。
いったいどうやって作るのか知らないが、コルクなどと違って材料さえあればいくらでも作れるそうだ。本来の使用目的は、精密機械が美術品の輸送の際の緩衝材なんだとか。
おかげで、フロートは密閉式ではなくなり、底面にあたる部分が金網になった。機体の重量が軽くなったのと、フロート内部に海水が入り込むことによって、被弾の際の減衰効果が上昇するという利点があった。
機体重量が軽減されたことにより、機体前後のフロートを多少大型化させることが出来、通常航海時に組み立て式テントが砲塔の後ろ、後部デッキに相当する部分に作られることになった。
エンジンルームの排熱で床暖房のようになっていて、わずか二メートル四方のスペースだが、手足が伸ばせる。携帯用のコンロで、簡単な煮炊きもできるそうだ。暖かいものを食べたり飲んだりできるのは、ありがたいことだ。
戦闘時には、テントは折りたたまれ、エンジンルームを守る中空装甲を兼ねた道具箱の中に納められることになる。
これにより、六メートルの全長が八メートルに改められたが、それでもSボートの半分の大きさだ。
高速機動時の横滑り問題も、解決が図られている。
船でいえば竜骨に相当する部分に沿って垂直安定翼が追加され、これにより、海上での揺れはだいぶ解消される。旋回能力を多少犠牲にする事になるが、それでもペンギンほど小回りの利く水上艇はない。
ペンギンは、最後の艤装に入った。第一作戦群となるペンギン十機は、いよいよ実戦配備される。
折しも、米国から英国へ、続々と兵員が輸送されており、その数はおよそ百五十万人もの将兵らしい。
大規模な反攻作戦は近い。諜報戦も熾烈を極めているそうだ。
なんとしてでも、兵站線を絶たなければならない。そのためには、Uボートを狩る狩人どもを、ペンギンが叩く。
大型艦が湾内に逼塞することを余儀なくされている現在、海上で強力な砲を撃てるのはペンギンだけなのだから。




