汝平和を欲さば戦への備えをせよ
銃声は思ったより大きな音を響かせた。
一瞬で、騒がしかった酒場の中が水をうったように静かになる。床に九ミリパラべレム弾の薬莢が落ちる小さな金属音が聞こえる程に。
パラベラムとはラテン語の『汝平和を欲さば、戦への備えをせよ』から採ったネーミングだと聞いたことがあるが、それは本当だろうか? ぎょっとなって私の方を見ている兵士たちを眺めながら、私はそんなことを考えていた。
「バカ騒ぎは終わりだ。解散しろ」
私がそう宣言すると、兵士たちは白けた表情でゾロゾロとドアに向かってゆく。
「コンラート・ベーア曹長とディーター・クラッセン軍曹は残れ」
倒れた椅子を起こし、比較的ましな状態のテーブルを探して、そこに座る。そして、テーブルの上の食い残しや安ワインの瓶、そういったものを、腕で払うようにして一気に端に寄せた。
出来たテーブルの空間には、まだ銃口からうっすらと硝煙を昇らせているワルサーP38を無造作に置く。
「座れる椅子を拾って、こっちにこい」
不貞腐れた表情で、所在なさげに立っているP-07の操縦手と砲手に私はそう命じた。
「座れ」
椅子を脇に置いて、直立する二人に言うと、彼らはためらいがちに椅子に腰かけた。士官と同席は慣れていないのか、尻の座りは悪そうだ。
「私たちは、仲良しクラブじゃないから、仲よくしろとは言わん」
コンラート・ベーア曹長が唇を噛んでいる。歴戦の勇者ディーター・クラッセン軍曹は、私に対して挑むような目線を送ってきた。
「だが、乱闘はゆるさんぞ。理由は一つ。ペンギンの操作に影響を及ぼすリスクがあるからだ。同じ理由で、お前たちを憲兵隊には引き渡さない。営倉に入っている時間がもったいないからだ。私は、君らを殴らない。体調を万全に保ってほしいからだ。私のペンギンの乗組員でいる間は、これだけは守ってもらうぞ。私の指揮下から離れたら、もう私の関知するところではない。生きようが、死のうが、殺そうが、殺されようが、好きにしたらいい」
私は海に出て、敵を殺す。それが私の贖罪で、生かされた意味だ。私にかけられた呪詛と言ってもいいかもしれない。
「言っていいすか?」
ディーター・クラッセン軍曹が口を開いた。私は身振りで、彼に先を促した。
「そんじゃ、言わしてもらいますけど、あんさんみてぇな目つきをする奴ぁ、あのアフリカの戦場でいっぱい見たっすよ。そいつらは、こう呼ばれていたっす……『死にたがり』……ってね」
私は、テーブルの上のワルサーP38を取り上げ、ホルスターに納めた。そして、椅子を引いて立ち上がる。
乱痴気騒ぎはおさめた。私は言うべきことは言った。発言もゆるし、それも聞いた。したがって、もう私がここにいる理由はもうない。
コンラート・ベーア曹長は慌てて、私に倣って立ち上がった。
ディーター・クラッセン軍曹は座ったまま、テーブルの上を見ていた。
「私の部下を含め四百人近くが死んだ日、私は生き残った。生き残ったのは、何か意味があるはずだ。そいつが分かるまで、死ぬ気はないよ」
私は軍帽を被りなおし、店を出る。
「あんた、なんだか『怖い』んだよ……」
ディーター・クラッセン軍曹のそんな呟きは、私の耳には届かなかった。




