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睨みあう兵士たち

 『幸運亭』の女将、クラーラ・バルシュミーデの険しい顔に見送られ、私は彼女の息子であるアヒム・バルシュミーデの運転するオンボロな小型トラックの助手席に座った。

「いきますよ」

アヒム少年は、慣れた手つきでシフトレバーを操作し、小型トラックを発進させた。

 父親に良く似た人が好さそうな丸顔で、確か年齢は17歳だと聞いていた。彼は、P-08艇長のエーリッヒ・バウマン大尉に懐いていて、三本脚の元・軍用犬リンツに見守られながら、庭先でじゃれ合うようにサッカーボールを蹴っているのを何度か見かけたことがあった。

 私の事は、なんとなく敬遠しているみたいで、挨拶程度の会話しかしていない。


 アヒムが運転する小型トラックは、P作戦の将兵が溜まり場にしている、酒場の前で止まった。

 私は礼を言って、トラックを降りたが、彼はその場を去ろうとはしなかった。

「ひょっとしたら、トラックが必要になるかもしれないでしょ?」

 そんな事を言って、白い歯を見せて笑う。さすが、英雄の子だ。度胸は据わっているらしい。

 私は、重ねて礼を述べ、にぎやかな酒場の中に入っていった。


 見れば、海軍兵士の一団と戦車乗りの一団、それぞれ七、八人が一塊になって睨みあってるところだった。

 ひとしきり殴り合ったらしく、鼻血を出している者や服が破れている者がいた。

 酒場の主人は、港町の住民の荒っぽさに慣れているのか、士官である私の方を見て、肩をすくめただけだった。

 いきり立っている兵士たちは、私の存在に気が付かずに睨みあいを続けていた。海軍の兵士の先頭にはP-07の操縦手コンラート・ベーア曹長の巨体が、戦車乗りたちの中心にはP-07の砲手ディーター・クラッセン軍曹の姿があった。

「優先順位が違う」

 私は、この光景を見て頭痛がして、思わずこめかみを指でもむ。我々は戦うために、ここロストックの港に集められたのだ。待機中も作戦行動の範疇で、体を休めて明日の英気を養うのも任務のうちだ。

 戦車乗りたちが、海軍を馬鹿にするのは構わない。だが、戦意の矛先は、先ず敵軍に向けるべきで、友軍にではない。

「憲兵隊に通報はしましたか?」

 私は、カウンターに寄りかかって、この店の主人に話しかける。

「武装親衛隊は嫌いなんでね」

 店の主人は、グラス磨きの手を休めながら、そう言った。

「感謝する。連中は解散させるよ」

 私は、軍服の胸ポケットから札入れを出して、そこに入っている紙幣を全てカウンターの上に置いた。

「迷惑料だ。とっておいてくれ」

 店の主人は、首を左右に振り

「多すぎる」

 と、だけ言った。

「口止め料も入ってるんだよ」

 私は、そう応じて、ホルスターからワルサーP38を抜いた。

「そういうことなら、もらっておくぜ」

 店の主人は、札を鷲掴みにして、エプロンのポケットにねじ込む。

 折しも、壊れた椅子の脚を棍棒代わりにして持ったディーター・クラッセン軍曹が、一歩前に出たところだった。

 一触即発。再び、殴り合いが始まろうとしている。

 私は、拳銃を持ち上げ、安全装置を外して引き金を引いた。


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