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拳銃を持つ手

 その日私は、三日間の外洋航行テストから帰還したP-09とP-10のレポートに目を通していた。

 北海に足を伸ばしたテスト航行だったのだが、P-08艇長エーリッヒ・バウマン大尉が指摘したとおり、居住性の問題が指摘されていた。それに関連して、機体内部の結露がひどい事も指摘されていた。

 ポタポタと毎日結露の水が雨漏りの様に滴り落ちてきて、足を伸ばす余地さえ少ない劣悪な居住性をさらに悪くしているらしかった。

 ペンギンの母体は戦車だ。鉄の塊である。北海の冷たい海の水に冷やされて、機体は氷の様に冷えているだろう。そして、狭い機体内部には、押し込められるかのように五人もの男がいる。

 人いきれや体温で結露するのは当然の帰着だった。Uボートでも、同様の問題があり、足音対策も兼ねてコルクボードが張られたのではなかったか?

 まぁ、実戦投入前に気が付いてよかったと言えるかもしれない。

 今回のテストに参加した艇長連名の意見具申には、艦艇でいえば後部甲板に相当するエンジンルームの上部に、

「折りたたみ式の居住スペースを作ってはどうか?」

というのがあった。

 そこは、二メートル四方の両開きのハッチになっていて、エンジンルームの輻射熱で常にほんのりと暖かい場所だった。

 この暖かい場所に簀子を敷いて床暖房代わりにし、テントを張ってしまうという案だった。

 水が被らないよう防護版で囲う必要があるが、それを、テントなどの道具の収納ボックスを防護板代わりにしてしまえばいい。


 こうやって、少しづつ問題が洗い出されていき、実戦投入が近づいてゆく。私は、レポートを鍵のかかる机の引き出しに納め、代わりにアネモネ号との交戦記録の報告書の写しを取り出した。

 指でたどりながら、一人一人の戦死者の名前を読む。彼らは、『死者〇名』という統計上のデータではない。断じて、ない。

 各々に人生があり、きっと誰かの大切な人で、虫けらのように殺されていいはずなんてない人たちだった。

 これは、同胞だろうが、敵国人であろうが、ユダヤ人だろうが、腰抜けのイタ公だろうが同じ。だが、戦争という浅ましい仕組みは多く殺した方が勝つようになっている。そして、殺して、殺され、死は累々と積み重なってゆく。

 私は武器を持っていて、武器を行使する部下がいて、殺すために海に出る。敵と出会えば心は鋼の箱の中にしまわれ、殺したり、殺されたりするのだ。


 私がそうやって、結論がつかない命題をうじうじと頭の中でこねくりまわしていると、私が滞在している『幸運亭』の本来の持ち主、元・第七十五猟兵大隊軍曹にして、鉄十字勲章を二度も受けた英雄アルベルト・バルシュミーデの遺児、アヒム・バルシュミーデ少年が、私の部屋をノックしたのだった。

「シュトライバー大尉さん! あなたのとこの兵隊さんが、町でケンカしてます。急いで来てください」

 私の脳裏に操縦手のコンラート・ベーア曹長と砲手のディーター・クラッセン軍曹の顔が浮かんだ。

「優先順位が違う……」

 私はため息をつき、タンスから外套を取り出した。

 制式拳銃のワルサーP38を掴む。ここに置いていこうかと迷ったが、結局、私はスライドを引いて初弾を薬室に送り込み、セーフティをかけてホルスターに納めた。

 拳銃を持つ手。それは、殺したり、殺されたりする者の手だった。 

あけましておめでとうございます。


本日から再開いたします。

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