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死に損ないの呟き

 操縦手のコンラート・ベーア曹長とアウグスト・ベックマン上等兵が退出した後、報告書を仕上げるべくP-08艇長エーリッヒ・バウマン大尉と、ロストックP作戦基地に残った。

 若いエーリッヒ・バウマン大尉が書類を作り、私はそれに連署するだけだ。予備役とはいえ、大尉になりたての彼より、私の方が二年ほど先任なので、楽させて貰えるというわけ。

 書類仕事は慣れているのか、エーリッヒ・バウマン大尉は意外に几帳面な字で書類を埋めて行く。

 こうした報告書は、技術士官カール・フェルゲンハウワー中尉の元に集められて、分析される。実際、海に出たことがない技術士官では、判らないことがこれでフォローできる。

 私が感じた「ゴーグルがないと、眼が開けられない」とか、エーリッヒ・バウマン大尉が指摘した「居住性」などは、現場にいるものでないとわからないことだろう。

「こんなとこですかね?」

 インクに息を吹きかけて乾かしながら、エーリッヒ・バウマン大尉が私に書類を見せる。私は、指で乾いてないインクをこすらないように注意しながら、連署欄に署名する。

「居住性の改善といっても、ペンギンの中はスペースを広げようがないですものね。どうやって解決するするつもりかな?」

 まるで、他人事のように言って、エーリッヒ・バウマン大尉が笑う。

 本当は笑い事ではなく、けっこう深刻な問題だった。

 こんなことで作戦行動が頓挫してしまわないよう、技術屋さんたちには知恵を絞ってほしいところだ。

 同僚の誘いを断って、宿舎に割り当てられた『幸運亭』に帰る。

 まだ若い乗組員たちは、市街地に繰り出しているようだ。私は彼らの中では最年長で、『親父さん』と仇名されているらしいのだが、実は彼らと三、四歳程度しか変わらない。

 老け顔というのもあるのだが、Sボートを失い、輸送船を救えなかったあの日以来、気持ちがぐっと老け込んでしまったように感じるのだ。

 飲んで騒ぐ気分になれず、無理に参加してもどこか醒めている自分がいる。私の、そうした『若者らしい陽気さの欠如』を部下たちは敏感に感じ取っていて、それが『親父さん』という仇名に帰結したのだと思う。

 古びてはいたが、きちんと磨かれた机の引き出しを開ける。

 そこには、英国コルベット艦アネモネ号と交戦した記録の写しがあり、戦死したミヒャエル・ヤンセン少尉と十三人の乗組員の名前が記されていた。

 長い名簿は、輸送船の戦死者の名簿だ。

 輸送船は乗組員二十名、輸送されていた兵員三百五十名、これら全てがあの日死んだのだ。

「あの時、私も死ぬべきだった」

 もう、何度目かわからない呟きを吐く。

 私は生き残った。生き残ってしまった。

 だから、生き残ってしまった者しか出来なことをするしかない。

 私に与えられた二度目のチャンスである「ペンギン」と仇名された兵器は、死に損ねた私に何をやらせようというのか。

 目を転じると、窓から見える海は、曇り空を写して灰色に淀んで見えた。

 

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